買い物でのいい子

昨日は雨だったのに、真由喜と一緒に買い物に行くことになった。必要な強力粉がなくなったからだったが、真由喜は雨が大好きなので、真由喜にとって問題はなかった。水たまりで遊んだり、「雨が降っている」と言ったりしながらスーパーまで歩いた。

そして、スーパーでいい子に変身した。私のそばでスーパーを歩いて、一回走り出しもしなかった。ヨーグルトの売り場で真由喜の好きなヨーグルトを見たが、立ち止まって手を出してから、私の方を見て、買っていいのとの顔をした。デザートを買うつもりだったので、許した。そうすると、真由喜が喜んでヨーグルトを取って、籠に入れた。

レジでも、おとなしく私のそばで待ってくれた。ヨーグルトをスーパーから家まで運んだが、帰ったらすぐに食べたがった。

今まで真由喜がスーパーなどのお店を必ず走り回ることになったので、私もゆり子も困った。だが昨日真由喜の行動はまるでお姉さんのようだった。四歳の子がいたとふっと思った。次回また走り回る可能性は高いと思うが、成長のもう一歩だと言えるのではないか。

今日の天気予報はずっと雨だよね。真由喜と一緒にどういう遊びするのかな。できれば、月曜日に外に行きたいのだが、今日は無理だと思う。ずっと前から親が雨天の日を嫌がると聞いたが、今理由がよく分かってきた。真由喜はまだ読書に夢中になれないし、「遊べ、遊べ」といわんばかりに近づくことは多いはずだ。お昼までは問題はないが、午後にアイデアがちょっと少なくなるだろう。DVDを見せるのは避けたいと思うが、雨の日には難しいのだ。では、頑張ろう。

秋季雅楽特別演奏会

今日皇居に行ってきた。というより東御苑にある宮内庁の楽部の演奏会場の所に行ってきた。今日は、秋季雅楽特別演奏会が催された。実は、一昨日からあったが、今日の午前中は、私が当選した演奏だった。拝見するのは無料だが、七月末までに応募する必要があった。私が応募して、入場券をいただいた。

開場は9:30だったので、家を8時ぐらい出て、電車で行った。天気はちょっと悪かったが、バスと電車で問題にならなかった。会場に入ったら、舞台が見えた。壮大で、後ろに立つ太鼓も色彩鮮やかで、印象的だった。そして、床には砂利があった。周りを見たら、中庭を真似する会場だのが分かった。壁は、ビルの外壁に似ているように作られたし、足下には砂利があったし、天井には窓や電灯があったので、露天の気持ちを連想させた。雅楽は、もともと外で催されたのだろう。

曲と舞いは二つあった。一つ目は太平楽(たいへいらく)という。これは、所謂左方の舞の中国から輸入された方式の舞だが、武装で舞われる。楽器を奏でる人も豪華な衣装を着たが、帽子の形は、白幡さんの禰宜舞の猿田彦命の衣装の帽子に非常に似たので、禰宜舞の衣装は雅楽の影響を受けたものだと思える。神社の音楽や舞踊は、雅楽の影響を強く受けたことは多いようだから、信じ難くはない。

さて、衣装は豪華だったと言ったが、もう少し詳しく描写したと思う。主な色はオレンジだったが、金色の兜や鎧もあった。鎧の肩にはバクの頭に見えた装飾があったし、剣を固定するために魚の形のものがあったし、お腹の上に鬼の面があった。そして、鉾を持っていた。今回催される舞は太平楽の一具だった。それは、全てを休憩せずに演奏することだ。合計で45分がかかったので、普段はしない演奏だと信じる。今年は天皇陛下御即位20年記念だから、ちょっと特別な雅楽にしたという。

鉾との舞も、鉾を床に置いて空手での舞も、剣を抜けて舞う部分もあった。剣との舞は、勢いよく舞われたので、強い印象を残した。雅楽のイメージはゆっくり舞うということだが、太平楽の剣の部分はもう少し早い。

そして、休憩の後で狛鉾(こまぼこ、蒲鉾ではない)という舞を舞った。衣装はより簡潔で、黄緑の狩衣に似たものだった。持ち物は、五色の棒だったが、説明書によれば朝鮮半島からの船員の行動を舞にしたものだそうだ。これは20分だった。

これを見たら、より雅楽が見たいなと思ったが、やはり機会は少ないよね。今日は貴重な経験だった。

人生の目標

最近人生の目標が悩みというか課題というか、とにかく気になった。大きな課題なのが分かるが、実はこれからの十年間の目標でもいい。私の人生には十年間以上が残る可能性は高いので、人生の目標より小規模な目標でもいい。そして、時間が経ったら、環境も私の状況も変わるので、十年後の目標が今と違う可能性も高い。勉強を続けたら、目標についての考え方が変わるはずだし。

なぜ気になったかというと、最近やることが多すぎると思うようになったからだ。何かを削除したほうがいいのではないかと自分に聞いたら、そうかなと答えるが、具体的に削除する行為を選ぶのは難しい。目標があったら、目標に関わらないことを削除することができるはずだ。勿論、目標以外のことを全部削除するわけはない。義務のみを考えたら、真由喜を育てることと稼ぐことがあるし、その間の関係は間接的だ。稼がないと真由喜が育てられないが、稼ぐ行動自体は真由喜の子育てとは関係はない。むしろ、仕事している間に真由喜と接することはできない。だから、現実を考えながら、目標に指導されながら、やるべき行動を選ぶことになる。

だが、何を選んだらいいか分からない。目標にできることがあるが、成功に終わらない可能性があることばかりだ。それ自体は問題ではない。人生の目標に応じることは、容易なことではないからだ。ただ、選んだら失敗しても選んでもいいことを選ぶべきだ。試みることにもメリットがあるので、達成する可能性は極めて少ない目標を選んでもいいとも言える。目標は些細であれば、人生も些細になるのではないか。目標は壮大であれば、人生が客観的に有意義になる可能性が残るとも思われる。

今のところ候補になる目標が四つの範疇に別けられるだろう。

一つ目は芸術的な目標だ。小説やTRPGを書いたりすることだ。

二つ目は教育関係の目標だ。ここでの「教育」は広い意味で考えるべきだ。学校だけではなく、他の人の人生を一人ひとりで豊富にすることを指す。

三つ目は倫理的で政治的な目標だと言える。要するにいい世界の社会の模範を検討して、実現することに力を尽くすことだ。

四つ目は哲学的な目標だ。基本的な問題と取り組むことだ。

この順番は、一番容易なことから一番難しく見えることまでだし、成功したらインパクトが増す順でもある。一つ目は、もうできたことだ。成功になったとはいえないが、小説を二冊、TRPG関係の本を数冊作成したことがある。二つ目は、経験があることと深く関わるので、なんと取り組んだらいいかとか、どうやって取り組んだらいいかなど或る程度分かる。三つ目は、取り組むべき問題が分かるし、方法も基本的に分かるが、今までの人生からちょっと離れる。(そして、国民ではない国に住んでいるので、政治と関わるには壁がある。)四つ目は、取り組みたい問題が分かるが、取り組む方法はさっぱり分からない。有効な取り組む方法は、歴史を検討してもなかったようだ。四つ目は、成功したらニュートンのような立場になるから、成功しないのが決まっていることと等しいほどだ。だが、問題の解決は人間には本当に有意義だと思うので、だれかが取り組むべきだとも思う。(問題は、日本語で上手く説明できない。英語で、the hard problem of consciousness。)

目標はやはり様々だ。本質的に異なるので、比べるのも難しい。一つ目は、成功したら沢山の人をちょっとだけ幸せにするが、世界を変えない。二つ目は、成功したら少数の人の人生を良くするし、人間関係を深める。三つ目は、成功したら世界を変えるし、多くの人の人生を良くするが、失敗する方法によって逆効果になってしまう可能性もあるし、人間関係から離れる。人を一人ひとりで考えることはできなくなる。四つ目は、成功したら想像できない影響があるが、成功に終わらない限り何も役に立たない。大きく賭けることだ。

そして、明らかなのは、失敗する可能性が高いことばかりだ。だから、選択しにくい選択肢だけではなく、もう少し現実味がある目標も選択肢に入れたほうがいいのではないかとも思うことはなくはない。

つまり、どうしたらいいかが分からない。