真由喜との銀座

ゆり子の着物教室はまだ終わっていないので、今日も私が真由喜の面倒をみた。用事があったので、二人で銀座にいってきた。用事と言えば、先ずは鳩居堂で新年飾りを買うことがあった。それは、年明けの前にしなければならないだろう。他の用事は、花のあとという映画の前売り券を買うことだった。公開予定は来年3月だから、緊急ではなかったが、北川景子さんが主演する時代劇だから、必見な映画だ。(ゆり子の許可をもう得た。)

用事を済ましたが、真由喜の可愛い行動について書きたいと思う。親バカの記事だ。

さて、始めよう。銀座に行ってから、渋谷で下車して、東急の東横店で真由喜のおむつを替えた。やはり、おむつ替えシートの殆どは、女子トイレのなかだから、案内所で私の使える場所を尋ねた。男女差別はまだあるが、お子さん用の椅子は男子トイレにも設けられている。替えられた場所はベビー休憩室だったが、自動販売機もあった。自動販売機の中に真由喜がライオンの模様の飲み物を見て、飲みたがった。だが、購入しようとしたら、同じ商品のキリンの模様のものが出た。真由喜は大泣き。キリンさんはダメだったようだ。結局お店の人に言ったが、やはり模様はランドムだったそうだ。だが、私を説得することではなく、真由喜を説得することだったので、店員さんがまた百円を持ってきて、また挑戦した。幸い、今回ライオンさんの模様の商品が出てきた。

真由喜が飲んだが、あまり好きではなかった。やれやれ。

そして、銀座で交差点を渡る前に「信号は何色だろう」と聞いたら、「赤!」と答えてくれた。そして、変わったら、「さ、行こう」と言ったが、真由喜が「あっ、緑になった!」と言った。「日本語で青だよ」と私が言ったが、真由喜が「えぇぇ、緑だよ」と強調した。真由喜はまだ二歳で、文化的な偏見はないはずだから、決まっている。信号は緑だ。青ではない。英語のほうが正しい。

差別を見るに

最近先進国の社会が差別に敏感になった。それはいいことだと私が思う。前は、差別があったが、殆ど「差別ではなくて、事実だ。女性の能力や自己管理力は男性に劣るし、黒人はよく考えられないし、ユダヤ人はキリスト教徒の殺害を謀る」と人が思ったり語ったりした。その三つの点は嘘で、差別の証拠だったのに、気づいた人は少なかった。だから、今でも思わずに差別が続く可能性はないとは言えない。敏感になったら、発見するチャンズが増す。

だが、「知らずに差別する」ということは問題になりがちだ。なずなら、知らずに差別する人は、差別するとは思わないからだ。それは当たり前なのように見えるが、意味は、「それは差別だ」と言われたら、「いや、差別ではない。そういうものか!」ということだ。そして、証拠を挙げるのは難しい。その場で言われたことを検証するのは普段に無理だし、もし態度の問題が訴えられたら、明らかな真実はない。「私は日本人であれば、そういう風に聞かなかったよ」と言っても、「いいえ、同様に聞くぞ」と答えたら、決める証拠はどこにあるのだろう。

この問題をより深刻にする状況もある。それは、自分のような人や自分が関わっている人に似ている人に対する差別には、人は特に敏感な状況だ。イギリスで、白人の男性が「白人男性に対する差別はまだ唯一の認められている差別だ」という。カトリックの人が「カトリックに対する差別はまだ唯一の認められている差別だ」という。ユダヤ人は、まぁ、もうパターンが分かっただろう。皆が正しいことをいうわけはない。皆が他の差別と判断された行為を見ても、差別だと判断しない。実は、イギリスの新聞で黒人が「黒人なら、人種差別は無理だ」とはっきり言った場合もあった。それはないだろう。人種的な偏見を持つかどうかは、皮膚の色とは無関係だ。だが、そう考えたら、白人に対する人種差別は見えなくなる。

その上、敏感しすぎて、差別はない場合でも差別を看做すことはなくはない。悪い態度と遭ったら、「差別だ」と判断する傾向はあるだろう。日本に住んでいる外国人の内にそういう人はいるようだ。(明らかな人種差別に遭った人もいるけれども。全世界の国と同じく、日本には人種差別は全くないわけはない。)

だから、差別される人以外は、差別に気づかない傾向がある。差別される人は、幻の差別を見る傾向がある。どうやって区別するのだろう。

一つはルールだ。例えば、「外国人はこういうことはできない」とのルールがあったら、人種差別だと言える。

もう一つは統計だ。ある人種には社会的な損害が多く負担されたら、差別がある可能性は高い。

だが、ルールや統計に表れない差別もある。それはどうしたらいい?難しい問題だと思うが、次のように考えたらいいだろう。先ず差別の被害者の意見を、差別の存在について尊重すべきだと思う。差別するつもりはなくても、知らずに思わずにそういう印象を与えるのもよくない。問題の原因は精神的な差別には限らないので、ちょっと落ち着いて客観的に見た方がいい。

一方、問題の深刻さについて、被害者の意見を別に尊重しなくてもいいと思う。自分の被害は特に酷いと思うのは人間的な傾向だから、客観的に見る必要がある。注意はまだ必要だ。加害者の意見も客観的ではない。だから、お互いに考えて、他の人の意見を聞いて、解決に向かうのは重要だと思う。

まだ風邪

風邪はまだ完全に治っていないので、今日の気分はほどほどではない。レッスンはちょっと多い(5時間)ので、レッスンと読書するつもりだ。そして、早めに寝たいと思う。やはり忙しい日々に風邪がなかなか治ってくれないね。ましになったので、すぐに治るのは明らかだが、まだだよね。

ビザ更新

昨日入国管理局からの通知書のはがきが届いたので、今日入国管理局に行って手続きを済ました。残念ながら、配偶者ビザの更新だったので、永住権はまだまだ決まっていないようだ。(入国管理局から帰って、ポストに永住権の通知書を見つけるかなと恐れたが、まだだ。)

用事は午前中がかかった。先ず区役所に行って、必要な証明書を入手した。そして、区役所から入国管理局へ。電車も三つ、鉄道会社も三つだったので、複雑だった。入国管理局で一時間ぐらい待ったが、いつもの通り手続きには時間がかからなかった。ビザと再入国許可は合計で7000円がかかったが、やはり手続きが終わったら、二階に行って印紙を買う必要があった。はがきには「印紙を持ってください」と書いてあるが、実は最後に取りに行くことになるのは妥当なのようだ。特に印紙を発行する人が「下の手続きは終わりましたか」と聞いた。

そして、最後の手続きは、また区役所に行って、更新を外国人登録証明書に記入してもらうことだった。それは無料だ。

更新の期間は普通の通りの3年間だから、暫くの間また心配しなくてもいい。入国の手続きはやはり一番重大な手続きだ。なぜなら、間違えたら、怠ったら、日本から追い出される可能性は高いからだ。生活が大混乱になってしまう。税金の手続きより重大だとも言えるだろう。

では、またできた。