富国強文

国家レベルの方針を考えたら、明治時代の富国強兵の結果からみれば、間違った政策だったことがわかるだろう。だから、私が今考えるのは、富国強文といえる政策だ。強文というのは、強い文化を指すフレーズとして作った。

周りの国が侵略しないほどの兵力は必要だと思う。現実な世界に存在するので、理想的な平和主義のみで済めない。だが、それが現在の「強兵」まで至らないと思う。(ともろで、明治時代初頭に、「強兵」の意味は「イギリスの植民地にならないほど強い」という意味を持っていたかもしれない。帝国主義は後の話だったようだ。)それ以上の力があっても、無駄だと言おう。戦争をなるべく避けるのは基本方針とするべきだからだ。

一方、国の文化が強かったら、影響力は強いし、永遠まで続く可能性もある。古代ギリシアの兵力は低迷だったので、ローマの植民地になったが、ローマの文化はギリシアの文化に占領されたという。(当時の人もそういった。)それに、ローマ帝国の実力はもう1500年前の話だが、ギリシアの文化はまだ世界中に影響を及ぼす。エジプトも同じだし、中国も同じだ。現在を見たら、アメリカの兵力でただアフガンで泥沼に入ってしまったが、文化の力で世界中の生活を左右することになった。ハリウッド映画などの影響力は大変強いだろう。

だから、本当の国益は、兵力とほぼ無関係だと私が思う。文化力のほうが重要だ。だが、国家政府がどうやって文化力を促すかというのは、別な難しい問題だ。


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