稲荷信仰

英語での稲荷信仰についての本を読んだ。アメリカ人の研究者が数年間稲荷信仰を研究して、成果を本に納めたようだ。研究の中心は、伏見稲荷大社と豊川稲荷だったそうだ。豊川稲荷は、お寺だ。だから、神道の稲荷と仏教の稲荷を両方研究して、共通点と異なる点を発掘しようとした。

主な成果は、稲荷信仰は非常に多様多彩だということだった。伏見稲荷と豊川稲荷の間の違いだけではなく、伏見稲荷の中でも信仰の内容が人によって大きく異なるそうだ。例えば、神職によると、稲荷さんは狐ではないそうだが、信者の多くが狐として考えるそうだ。研究者の取材が幅広く及ぼして、様々な意見を集めたので、このことが浮き彫りになったようだ。

稲荷信仰には小規模な宗教団体は多いそうだが、団体によってお稲荷様の概念が異なるし、拝み方も異なるという。よくあることは、一つの団体が他の団体のやり方を批判したり、正しくないと評価することだそうだ。そして、自分には特別な許可や習慣があると誇る団体は少なくないのに、例の許可や習慣は一般的だという現実もあるそうだ。例えば、あるところでご祈祷する理由は特別な関係があることだと思い込む団体は少なくなかったが、実は許可を求めさえしたらもらえるそうだ。

だが、別な団体の人が接したら、軋轢にならないように言い方に注意することをよく研究者が見たそうだ。だから、表面しか勉強しないとこの事実に気づかない恐れがあるという。アメリカのような国で、特徴を誇ることは多いが、日本のような国で特徴を隠す傾向のほうが強いそうだ。ちょっと裏面を見たら、均質の建前の後ろにより複雑な現実があることを発見するということだ。

といっても、やはり稲荷信仰は寛容的だ。神職などが違いの存在をよく知っているそうだが、潰そうとしないようだ。好ましくないやり方を抑制することがあるが、強調しないそうだ。これは、私の神道についての勉強と合うことだ。一つの側面から神道を見たら、理解できないと思う。神道の種類が理解できるが、他の種類も存在するので、忘れるべきではない。だからタマオの小説で、神道の設定だといっても、古事記の神様が出てこないし、有名な神様も登場しない。タマオは、私が想像した地元の神様だ。

だが、神道が理解したければ、難しくなるよね。ますます勉強したり研究したりしかないだろう。


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コメント

“稲荷信仰” への2件のフィードバック

  1. yukieのアバター
    yukie

    こんばんは。
    お稲荷さんも研究対象だったとは驚き!相変わらず興味の幅が広いですね(授業中はそんなこと、一度も触れなかったじゃない!)。実は京都の伏見稲荷に、私の家はひとつお社(おやしろ)を祭っているのです。自営業だったのでね(父親が亡くなってから、お店は閉めてしまいました)。だから、あそこにはほぼ毎年、お参りに行っていたんです。そして京都に済んでいた時期はよく登っていました(『山』なので、お参りする=山登り、なんですよ)。ご存知の通り、『お稲荷さん』と言うのは色々神さんがいらっしゃって、しかも日本全国津々浦々にあります。それぞれご利益も違うけれど、根本的には同じだと、私は理解しています。今度の授業のテーマは、『お稲荷さん』かな?

  2. チャート・デイビッドのアバター
    チャート・デイビッド

    yukie様、コメントをありがとうございます。私のお稲荷様に対する活動はまだ勉強の段階ですから、研究とは言えません。授業の内容とは関連しませんでしたので、触れませんでした。

    ですが、yukieさんのご家族で伏見稲荷のお社をお祭りになりますか。知りませんでした。ぜひ、今度あの話をしましょうね。