また一日の睡眠

今日も、先週の月曜日のように殆どベッドの中で過ごしてしまった。なんか体調が悪くなったのかなと思ったが、別に症状はないので、働き過ぎだけかもしれない。なんと言っても、今日何もできなくて、ブログも二日間連続短くなってしまう。

バランスが取れなかった

最近仕事と睡眠のバランスがちょっと崩れたようだ。疲れてきて、仕事が効率的にできない。だから、今日は授業と読書と必要なメールのやり取りに費やして、ちょっと休憩な感じにする予定だ。その中の一面は、短い記事をブログにアップすることだ。

諸祭式要綱

この本も神社本庁の編纂した神職向けの本だ。地鎮祭などの建築関係の祭式と結婚式と葬式関係の祭式は基本だ。祭式の次第、祝詞の例文、必要な祭具の描写などもあるし、祭式の意義も説明される。

一般の人の視線で見る神道はこれだろう。祭りに参列しても、正式に「祭り」という祝詞奏上などの部分を無視するのは普通だ。白幡さんで、それが終わってから殆どの人が集まるが、例外ではないと思う。神社を観光地として訪れる人も少なくないが、名所を訪れることは神道との接点ではない場面もあるだろう。神道として神道と接する場合は、神前結婚式を執り行うことや地鎮祭を行ってもらうことにあると言えるかもしれない。だから、この本に載っている祭式は、神道のもう一つの顔だとも言いたいのだ。

それを考えたら、印象的な点は二つあった。

一つ目は、均一な傾向は強くないこと。この本は、神社本庁の定めだが、結婚式の場合、三つの方式もあるし、何の祭式でも選択しがある。簡略する方法やより伝統的な方式はメインだが、地方の慣習があったら、それに従っても良いとの注意は少なくない。

二つ目は、皇室が現れないことだ。祝詞には掲げられないようだ。やはり、戦後の神社神道の中の皇室や天皇の位置は、明らかではない。

ところで、これを読んだら、また私にはこういう次第のある祭式が好きだとのことを実感した。十代の頃、まだキリスト教徒であった間に、キリスト教の方式の本を読んだら憧れだった。私のキリスト教の種類には方式はあまりなかったので、当時にも残念に思った。やはり、私にとって神道の魅力の一つは、祭式があることだ。

運と作者

今日偶然にある作者のブログを見つけた。見つけるきっかけは、電池出版についての記事だったが、内容と殆ど同意した。そして、そのしたの記事をちょっと見たら、運の重要さについての記事を見つけた。(英語の記事だが、読める人もいるだろう。)この方のご意見は、私と同じだ。運は大変重要な存在だ。努力しないと成功しないとはいえ、運が良くなければ成功にならないとも言わざるを得ない、と。

だが、この作者は、最近大成功になったようだ。ようするに、私と比べたら運の反対側から書いている。そこからも同じように見えるのか。よかった。

だから、また頑張ることにする。