本の序文が認めるように、実は神道の全てがこの本に入らない。長い本ではないし。だが、所謂神道の入門に当たる。
ちょっと言いにくいが、急いで作られた印象を受けた。図があるが、図にある解説文は、そのまま本文から取られたし、図の内容は役に立たない場合は多かった。少なくとも、著者と図を発想した人は別な人だと思う。そして、編集部に書かれた部分もあるが、内容が本のシリーズの決定的な長さに合うように無理矢理差し入れた印象だった。その上、小さいミスは比較的に多かった。変換ミスもあるし、ルビが間違える場合もあるし、ある場所で神道の五部書に入らない書物を神道の五部書の一つとして紹介してしまう。(神道五部書についての記事で誤りはないので、著者の知識不足の問題ではなく、編集の不注意だったはずだ。)最後に、本の構造はちょっと悪いと思った。結論は曖昧だし、情報の重要さが分かるためにヒントも欠けたような気がする。他の選択肢は多いので、この問題だけでこの本を勧められなくなる。
その上、著者の独特な視点からの解釈は多い。例えば、死の穢れを否定する分が最後のところで出てくるが、神道界で死は穢れの極まりだというのは、定説だといっても過言ではない。語源から論じる場所は多いが、他の分野での勉強で習ったのは、語源と現在の意味との間の関係が薄い場合も少なくないし、言葉が後で付けられて、モノの淵源とも関係が薄い場合は少なくない。
その反面として、刺激になったところは少なくなかった。特に、ムスビの神についてのところが私を考えさせた。発生力はやはり神道には重要だし、生態も大切にする可能性も高い。ムスビの産霊も結びも大事な概念だから、神道の解釈の中枢に据えても差し支えないだろうと思うようになった。神道には正当も正統もないとは言えても、自分のために概念を構造してもかまわないとも思うし、そうすればムスビに重要は役割を託してもいいだろう。