節分

昨日は節分だったね。今年初めて真由喜が節分は何か分かったので、豆まきができた。だが、鬼の面はまだ怖いようだ。保育園で、年長さんが鬼の面を冠って真由喜の保育室に走り込んだそうだが、真由喜が泣いてしまったという。保育士もそういったが、真由喜も言った。「おめめはここで、口はこう。泣いちゃった。」と何回も言ったので、印象的だったようだ。実は、仮面に怖がることは多い。獅子舞の仮面も、鬼の仮面も、キャラクターの仮面も真由喜には怖いようだ。白幡さんの禰宜舞の仮面は別に怖くなかったと思うが、今年真由喜が怖がるのかな。

だから、私が鬼の仮面をちゃんと付けずに豆まきをやらせた。真由喜がちょっと怖がって豆を投げたら、泣く前に仮面を外した。ゆり子がちょっと付けすぎたので、真由喜が泣いてしまった。本当の顔が見えない状況に不安を持ったのだろう。ゆり子であったことが分かったようだから、本当の恐怖ではなかったといえるかもしれない。

といっても、日本の伝統をちゃんと活かせたので、嬉しい。来年より賑やかにできると思う。

真由喜は特殊パスポート

月曜日に真由喜と一緒に二人でお出かけした。湯島天神にお参りして、今年のお札を受けたが、途中でも湯島天神でも真由喜を「可愛い」と言ってくれた人は少なくない。湯島天神で写真を撮りたがった人もいたし。親として嬉しいことだよね。

そして、湯島天神には梅の庭があるが、ちょっと工事中だった。今週末に始まる梅祭りの前に整理する工事だったのだろうが、池などの周りの散歩道は立ち入り禁止だった。真由喜がその周辺で遊んでいたうちに作業員が来て、真由喜を「可愛い」と言ってくれた。そして、作業中のところに案内してくれた。池や小さい滝があるが、その中にある石は自然石で縁起の良い形をする。滝には、鯉の形の岩がある。目も口も尻尾もあるので、本当に鯉に似ている。鯉が滝を飛び上がるのは、勝利に繋がるイメージだそうだから、湯島天神に相応しいだろう。そして、池の中に掌の形をする岩があって、それは観音様のてだと言われた。最後に、亀に見える岩がある。亀も長寿の象徴だから、この縁起のいい。

湯島天神で結婚式を執り行ったが、初めて岩のことが分かったと思う。(前に学んだら、もうすっかり忘れたことになるので、学んだことはなかったと思いたい。)教えてもらったので、真由喜のお陰だ。

ところで、作業員に話しかけられたときに、「イングランド?」と訊かれたが、「はい。なんで分かりましたか?」と答えたら、「イングランドフェース」と言ってから、「あっ、日本語もできますか」とびっくりして言った。質問を日本語で訊いたことに最初に気づかなかったようだ。私も、同じ経験がある。何かを聞いてから、「何語だったのだろう」と頭の中で自分に尋ねることもある。

真由喜が絵馬を見る
本当に読んでいるのかな

雪の前に柄杓
雪の中の手水舎

昨日の夜に雪が降ってきたね。大変積もるかなと思ったが、結局川崎にそんなに酷くはなかった。朝ご飯を食べる前に氏神様の白幡さんにお参りして、雪の風景の写真を撮ってきた。実は、年賀状に白幡さんの雪の風景をよく使うので、今日三年分が撮れたと思う。もちろん、親しい人に家族の写真(というより、真由喜の可愛い写真)を送るが、知り合いだが、家族の写真を送るのはちょっと相応しくないと思う人もいるし、それに大半は海外に住んでいるので、日本っぽくて、冬らしい風景を送るのは適切だと思う。

ところで、キャンセルした生徒さんもいる。近く住む方だから、「酷くないので、受けてもいいよ」とのメールを送ったが、結局休むことになると思う。残念だ。

何かを止めるべきのか

昨日の疲労の気分を考えて、先週の同じように気分と合わせたら、私の仕事は多すぎるのかなと思わざるを得ない。そうならば、何かを止めたほうがいいだろう。

だが、何を止めたらいいのかと訊いたら、それは容易ではない。

教えることを止めるわけにはいかない。それは、食べるための収入を得るための仕事だ。そして、編集の仕事を止めるべきではない。それも、稼ぐ仕事で、家計に貢献する。読書の量をもう減らした。テレビをもう見ないし、真由喜との時間を削ることはよくない。睡眠時間を節約したら、ただ今起こる問題に繋がる。

戸惑う。

何をしたらいいのだろうか。