国際化に向き合う神社神道〜その五

では、今日先月のシンポジウムの最後の部分を紹介すると思う。

発表が終わったら、國學院大學の井上順孝先生が印象を披露して、自分の二十年前のハワイでの調査をちょっと紹介してくれた。20年前のハワイの神社は、今の状況とあまり変わらなかったそうだ。それは、意外に興味深い結論だ。なぜなら、20年前にも、今にも、日系のアメリカ人の老人によって主に支えられているからだ。20年前の老人はもう亡くなったはずだから、日系の社会の中から氏子がまだ発生してくるようだ。そういうことであれば、アメリカで育った人でも、神道との繋がりを感じると言わざるを得ない。研究の課題になれる現実なのではないかと思う。

そして、井上先生が神道事典についてちょっと語った。英語版をネット上で披露したが、翻訳の時に、記事の内容について尋ねられたことがあったという。その時、日本語の記事の分かりにくさを感じたと言った。精細に意味を説明することは、自分の記事ではなければ無理な場合もあったそうだ。日本語で「そうだ、そうだ、うん、うん」と頷きながら読んだ記事も、翻訳のために説明できなかったという。これは、よくあることだ。定番の言葉を使うので、自分の言語で語れるが、翻訳になったら、言葉の本当の意味を考える必要があるので、難しくなる。私も、神道のことは、日本語で説明することは、英語で説明することより簡単だ。母語は英語であるくせに。

問答の時に、上加茂神社からきた神職が面白い事実を披露した。神前結婚式で、一人は外国人で、もう一人は日本人のパターンは多いそうだが、去年外国人同士の六組があったそうだ。だから、海外にも神道に対する興味は、ここにも見える。

最後に、神社神道の国際化の次の一歩は何と発題者に訊いた。ヘイヴンズ先生が述べたのは、外国人の神職と海外での実習ということだった。神社本庁がそうするかどうかは、疑っていたようだが。確かに、外国出身の人が例えば伊勢の神宮で神職として奉仕することは、認めにくいかもしれない。一方、海外の神社の大半はハワイに鎮座するそうだから、神職を目指す若者の間に、海外での実習は人気なのではないか。

シンポジウムのすべてを考えたら、神社神道の国際化はまだ始まったばかりの状況だと言える。チラシの英訳を用意する程度にまだ止まっているぐらいだ。もう少し進んだところはあるが、まだ普及していないようだ。井上先生が言った通り、神社の独立性は強いので、宮司が国際化を積極的に受け止めない限り、国際化が進まないだろう。白人の神職が当たり前になるまで、かなり待つ必要があるのだろう。

桜神宮

今日、大山街道の第一部の最後の神社を紹介する。これは、桜新町に鎮座する桜神宮と通称される古式神道本宮という神社だ。

未知の反対側から見る鳥居と看板
鳥居は伊勢の神宮や靖国神社の鳥居に似ている

正式な名前から推測で着ることは、神社本庁と属していない神社だということだ。直接に訊く余裕はなかったが、境内や由緒案内板を見たら、本当にそうだと思ってきた。

参拝する案内。二礼四拍手一礼との看板だ。
普通の方式と異なる参拝方法を勧める

拝殿に進んだら、賽銭箱の隣に参拝の仕方を説明する看板がある。それはよくあることだが、ここで二回深く礼をしてから、四回拍手するように書かれる。ご存知の通り、神社本庁の標準は二回の拍手だ。四回は、出雲大社で行われると読んだことがあるが、この神社は別に出雲系ではないのだ。そして、同じところに祈願の護摩は置いてあった。護摩は、またご存知の通りだが、修験道や密教で使われる祭具だ。現代の神社本庁の神社で、あまり使われていない。

ここで「古式」というのは、明治維新以前の方式を指すかもしれない。仏教と共有の祭具や統一されていない参拝の作法は、確かに近世以前の神道によく見える要素だと言われる。そして、表にある由緒案内板を読んだら、すぐに分かる。案内板によると、この神社は教派神道の一つの神習教の本山だそうだ。明治時代に神田に鎮座されたが、大正8年に「西へ移せよ」との神託があったそうだ。遷座のお陰で、関東大震災や第二次世界大戦の被害を殆ど免れたそうだが、重要なポイントは堂々と大正時代の神託をアピールすることだ。それは神社本庁のやり方と大きく異なる。

要するに、神社本庁の神社ではないようだ。むしろ、教派神道の一つの本拠だ。見た目で分かるために或る程度の知識が必要だが、案内板からすぐに分かる。

もう一つの興味深い点は、ご祭神の数だ。19柱だおうだ。天津三柱を筆頭にして、天照大神、大国主神、稲荷大神、天神も含めて、人気の神様が多く並んでいる。合祀の結果で祭神が多くなるケースは少なくないが、19柱は多いほうだと思う。(確かに、八百万の神を皆祀る神社もあるが、それは特別だ。)

神道事典によると、神習教は現在ちょっと衰退しているそうだが、それにも関わらずまだ立派な本山を持っている。

境内の風景のなかの社殿
社殿は、通常の神社とあまり変わらない

国際化に向き合う神社神道〜その四

シンポジウムの第四発題者は上田良光宮司だった。東北学院大学の経営学部教授であり、磐椅神社の宮司でもある。国際化と関わるのは、前から南米との関係が深くなって、南米での神社建立を支持することになったという事実だ。

パラグアイのイグアス市には前から鳥居があったという。だが、神社はなかった。日系人の新聞の経営者がそれを残念に思って、神社の建立を要求した。市に近いイグアスという滝に因んで、「伊具阿須神社」という名称を選んだそうだ。土地を買って、管理人の家も建てた。そして、地鎮祭は、上田宮司が行った。だが、資金の問題で、建設は今停滞しているそうだ。計画をまだ諦めていないが、やはり難しいようだ。

このケースも、移住民の日本人の影響で神道が海外に渡るケースだが、パラグアイの人たちは殆どキリスト教徒だそうだ。だから、宗教としての普及より、文化の一面としての普及だと言えるだろう。

そして、最後の発題者は岩橋発克二さんだった。神社本庁の広報部国際交流課で働いている。国際交流課の課長ではないそうだが、上司がシンポジウムに参加したそうだし、憤慨はなかったので、個人的な立場で語ったとはいえ、神社本庁の立場と大きく逆らわないと推測できるだろう。国際交流の現状について紹介してくれてから、自分の将来の道についての意見を述べた。

現状は、神社本庁レベルで、主にヨーロッパの教団や宗教組織との交流だが、最近アジアや中東とも接する。海外で神道についての誤解や偏見はあまりないそうだが、それは、残念ながら、知識度は極めて低いからだそうだ。「神道って、日本のキリスト教の宗派ですよね」と言われたこともあるという。それは、誤解より無知だと言ったほうがいいだろう。未知な宗教として扱われるそうだ。

それを考えたら、交流の内容はびっくりするほどではない。神道ならではの貢献より、既存の問題への貢献が期待される。それは、人権問題とか貧困問題などとの取り組みだ。だから、「人権について神社神道はどう思っているのか」と訊かれることは多いそうだが、答えにくいとも言う。教書はないので、「神社神道」の態度を指摘するのは難しいからだ。そして、国際交流の殆どは、神職の個人レベルで、相手が神道に興味を持つことから生じると言った。要するに、神社神道の国際交流は未熟だと言える。

未来について、言葉の壁を認めた。だが、その前にちゃんと神社神道の内容を日本語で説明できるようになる必要がある。母語で説明できなかったら、外国語で説明できるはずはないからだ。しかし、長く伝わってきた神道の伝統は、言挙げせずという言葉で神道を説明しない方針だ。だから、国際交流に向けて、その伝統を一変して、言葉で神道をちゃんと説明できるようにするように推し薦めた。それを前提として、異文化や他宗教の理解を深めて、相手が簡単に理解できる説明を作成する必要も指摘した。

私は、これに対してちょっと曖昧な反応を感じる。神道をはっきり説明するのはいいのではないかとは思う。哲学者の魂を持って、説明は専門だったので、説明を評価するのは当然だ。しかし、一方説明したら、統一する傾向が強まるのではないかとも思う。キリスト教のような正統な思想が流行して、それと異なる意見や神事が潰されてしまうおそれがあると思う。だから、はっきりした説明は歓迎すべきだと思うものの、慎重に取り組んだ方がいいとも思わざるを得ない。

引っ越しと永住権申請

今朝入国管理局からの電話があって、住所変更についての質問だった。やはり、区役所と連絡を取って、住所が変更されたのが分かったようだ。だから、新住所の証拠を提出する必要があると言われる。手紙を出してもらうので、それに従って提出する。

まだ続いているよね。ダメだったら、追加の書類を要求しないので、ちょっといい証拠だと思う。手紙が明日届いたら、いつ行けるか考える。金曜日はちょっと難しいかもしれないので、来週になってしまうのだろう。

追伸:夕方に入国管理局がまた電話した。手紙を送ったことと、申請にまだ2、3ヶ月がかかるとのないようだったが、ゆり子とも話したがっていた。住所変更を見て、まだ結婚生活を本当に送っているかどうかを確認したのだろうと思う。偽造結婚を追究するようだ。実は、今朝の電話でゆり子と真由喜は今いないと言ったら、何時に帰るのか訊かれたので、また電話するのではないかと思った。びっくりしなかった。

電話は大変遠かったので、半分予想して良かった。ゆり子も「遠かったね」と言ったので、入国管理局の電話の音量は低いだろう。