また吐いた

昨日の深夜に真由喜がまた吐いてしまったので、今朝ゆり子が真由喜を病院に連れて行った。予想の通り、医者によると風邪だそうだ。真由喜が横になったら、鼻水が喉に入るので咳を起こすという説だ。この風邪は大変長引いたと思うが、熱もないし、真由喜は今日元気だったし、それに吐いたらすぐにまた寝るので、深刻な問題はないだろう。薬を処方してもらって、また飲ませる。

ところで、今日真由喜とゆり子がゆり子の友達と娘と一緒にサンリオプロランドに行った。まだ帰っていないが、連絡は状況から推測することは楽しんでいることだ。残念ながら、仕事の日だから私が行けなかった。キティちゃんを見る機会を失ったが、我慢する。安易な我慢もあるよね。

文化の所有

代表社会議の一回目で前年度の年次報告を貰ったので、今読んでいる。次回までに読み終わる見通しだが、出てくる表現は「母文化」、「外国に繋がる子供」、「外国にルーツがある子供」等がある。見たら、ちょっと疑問を抱える。文化というのは、誰の所有物であるかという疑問だ。

「母文化」の一つの意味は、生まれてから青春期まで中で育った文化だと言えよう。この意味で違和感は全くない。私の場合実感できることは、子供のころの経験にはまだ特別な意味があるので、これからずっと日本に済んでも、帰化しても、日本で骨を埋めても、終身イギリス人の質が私に残ると思う。それは人間の心理のための現象だから、否めないし、否みたくもない。

だが、もう一つの意味は「親の文化」、それとも「祖父母も文化」ということだ。例えば、私の従妹は、イギリス生まれなのだが、一歳でアメリカに移住したので、育ちはずっとアメリカだった。両親はもちろんイギリス人だったので、両親(即ち私の叔父さんとおばさん)の母文化はイギリス文化だが、従妹の場合、本当にそう言えるのかな。イギリスと縁があるのは事実だが、彼女の母文化はアメリカの文化なのではないか。子供の経験などは、すべてアメリカの経験だからだ。

反対側から考えよう。私が授業の為に男の訪問着を着たら、生徒さんの印象はどうかな。変に思われるなのではないか。日本人でもちょっと珍しいともいえるが、外国人でより不思議に看做されるなのではないか。だが、私の母文化の民族衣装をレッスンに着る生徒さんもいる。(スーツの発生地はどこだったと思う?)同じように私が生徒さんの母文化の民族衣装を着ても問題はないと推測できないだろうか。まぁ、私の印象は「推測できない」だ。

これは、血統で文化を所有するという感覚から発生することなのではないか。私は、そう思わない。文化の系譜は、血の繫がりとは別な物だと思って、必須な関係はないとも述べたい。確かに親の文化に馴染みがあることは多いので、血統と関係があるとは事実だ。しかし、大人になっても、魅力的な分かを見つけたら、その文化に浸せるとも思う。それは、「渡来人」の資格の一つとさえ言えるだろう。自分の母文化を捨てるわけはないが、母語に加えて移住先の言語も身につけるのように、文化も身につけることは好ましいと私が主張したのだ。受け入れ方でも、それを歓迎すべきだとも言いたいのである。なぜなら、文化の強さ、文化の魅力の証拠になり、文化の強さそのものにも貢献することだからだ。アメリカの文化が世界中強くなる理由は、世界中の人がアメリカの文化を真似したり、身につけたりするからだ。

そして、資源などと異なって、文化が世界を奔走しても、手元から離れない。むしろ、世界から活力を受けて、現地でより開花するとも思われる。

実は、この側面から見たら日本には別に問題はないと思う。殆どの文化の活動には、外国人は受け入れられる。(神道はまだ例外だと思うが、それでも変わりつつある。)この態度を励まし、より積極的に外国人を受け入れるように促したいだけなのだ。新しい支流を受けると、本流が増す。

多文化の人が文化を身につけようとすることは、脅迫ではないのだ。期待できることなのだ。

公園での真由喜

昨日「普遍的な投稿を増やす」と言ったくせに、今日また真由喜について書きたいと思う。私にとって可愛かったので、書きたくてたまらない。

月曜日に新居に近い公園に遊びに行った。真由喜が滑り台やブランコで沢山遊んだり、他のちび子と走り回ったりしたが、印象的なことは四つあった。

一つ目は、真由喜と無関係だった。小学生が保護者いない状況で公園で遊んだことだった。イギリスで、それはもうあり得ない話になった。少なくとも小学生は、必ず大人が見守る状況で遊ぶ。中学生も一人で行くことはちょっと少ない。私の考えることは、日本の状況のほうがいいということだ。先ず、日本の治安はまだいいし、そして日本の親はまだ恐怖症で子供の成長を妨げない。真由喜が子供である限り変わらないように祈る。

では、真由喜のこと。

滑り台は、私より高かったが、真由喜が気軽に梯子を上って、早くて楽しそうに滑り下がった。そして、繰り返した。怖がらずに遊んだので、真由喜の自信が強くなっていると感じた。

そして、最後の方にブランコで遊んだ。同時に遊んだ女子小学生がいたが、高学年の一人が何回も「可愛い、可愛い」と繰り返したが、友達が「だからなにする?」と何回も訊いた。遊びたかったようだし、真由喜にそれほど惹かれていなかったようだ。なんて鈍感な子だな。

結局、小学生が遊びを始めた。それは、一人がブランコの前に立って、数えた。そして、ブランコで揺る人の足に手を出そうとした。(だと思う。ブランコに要る人が立つ人の顔を蹴ろうとする可能性もあった、私が見えたかぎり。)それを見て、真由喜も日本語で数え始めた。一から十まで数えてから、私が「英語で。One!」と言ったら、もう一度英語で一から十まで数えた。物はまだちゃんと数えられないが、基盤の準備はもう完成だ。

祝・四周年

このブログが今日四歳になった。始めた時に続けられるかどうか分からなかったが、やはりここまで来た。大変短い投稿もあったが、毎日怠らずにできた。『継続は力なり』と言われるが、このブログが力になったかどうかは不明だ。日本語能力の力になるはずだが、五年前に書いた日本語の文章を見たら、あまり変わらないように感じる。と言っても、私がよく英語の生徒さんの場合に言うように、自分で気づかない上達もよくあるので、信じて継続するべきだ。生徒さんの場合、私には上達が見えるので、このブログの場合でも、同じような効果があると信じたいのだ。

コメントは少ないが、統計を見たら継続する読者は50人ぐらいいるようだから、私と無縁な人が読んでくれることは明らかだ。なぜ読むか分からないけれども。(まぁ、お母さんは真由喜のことが分かるために読むことはよく分かるが、それ以外は謎だ。)これから、真由喜の話の私の日常生活を交えながら、普遍的な投稿の割合を増やしたいと思うが、そうするための暇があるかどうかは問題だ。できなくても、今まで読んでくださってきた方に感謝を申し上げる。

読者の皆様、ありがとうございます。今後とも、拙稿のブログを宜しくお願い致します。