寝不足の証拠

昨日本を読んでいた間に、寝そうになった。頭や瞼が重くなって、前に倒れかけた。私にとっては、人生に珍しい現象だ。読書したら、集中して周りの世界を忘れたり、本のないように無我夢中になるのは常例だった。そして、本の内容は、興味を持っている内容だった。義務の為に退屈な本を読んだわけではない。だが、最近このようなことが頻繁に起こった。寝不足になった結論は不可避だろう。ただ、仕事や真由喜の面倒を怠らずにより睡眠を取る方法を見出すのは大変難しいのだ。やはり、中年になって、責任が重くなるとともに体力が衰えたら、このようなことになる。

しかし、諦めない。工夫を探して、巧みに睡眠を挿入する。それとも、レッスンで居眠りしてしまうかな。それを回避するように頑張る。

DVDとの遊び

昨日の夜、真由喜が私のセーラームーンキラリスーパーライブのDVDを出して、見せてもらった。そして、歌と一緒に踊りを真似した。歌ではないところをつまらなく見て、飛ばさせたが、踊りには熱心だった。この年齢で、これは普通の行為だと思うが、やはり真由喜には音楽関係のことは大好きなのようだ。躍り方はとても可愛かったので、ビデオを撮った。

そして、今朝トトロを見ようとしたが、私が拒否した。保育園に行くことがあったし、朝早くからDVDを見ることも避けてほしいからだった。真由喜は素直に受け止めたが、トトロのDVDのケースの中に見て、DVDが2枚あった。

「これはトトロの歌のDVDで、これは・・・」先ず特典のDVDを指したが、そのDVDから使うのは、歌だ。そして、何を言ったらいいかちょっと分からなくなったようだだ。暫くの間考えてから、「これはトトロの話のDVDだ」と言った。偉いねと思った。言いたいことをどういうことをちゃんと考えてから説明した。

中島八幡神社

拝殿の瓦葺きの屋根と本殿の銅板葺きの屋根
瓦葺きの屋根は神社には基本的に珍しいそうだ。
日曜日に参拝した二つ目の神社は、中島八幡神社{なかじまはちまんじんじゃ}だった。中島八幡神社は、稲毛神社{いなげじんじゃ}の神職の兼務社だから、参拝した時に誰もいなかった。にも拘らず、境内社は四つあったし、境内は奇麗だった。社務所は、町内会館としても使われるそうだから、そのために管理する人がいるのだろう。境内社の祠の殆どは、神明作り系だったが、厳島{いつくしま}神社の境内社は、簡易春日{かすが}作りだった。宗像系の神社の作りは普段そういう形だろうと思った。

建築でもう一つ興味深いことに気づいた。社殿は八幡作りだったが、八幡神社だからそれは驚くほどではない。しかし、珍しいことに、拝殿は瓦葺きだ。神社の屋根は、お寺の屋根と違って、瓦葺きを避けることは普通だ。藁葺きもあるし、板葺きも多いが、瓦葺きは寺建築の特徴の一つだと言われる。写真をチェックしたら、先に参拝した大島八幡神社の社殿も瓦葺きだから、川崎の地域の慣習だったのだろう。中島八幡神社で気づいたことは、拝殿は瓦葺きだったものの、本殿は銅板葺きだということだ。この組み合わせはうっかりすることではないので、きっと理由があった。機会があれば、ちょっと聞きたいと思うが、どうやって聞いたらいいかまだ分からない。さらに、誰に聞いていいかも分からない。稲毛神社の社務所か、中島八幡神社の氏子の総代か。

研究が進めば、このような問題を解決しなきゃ、と。

稲毛神社

青空の前で見える千木と鰹木昨日参拝した神社の一つは、稲毛神社{いなげじんじゃ}だった。稲毛神社は、川崎山王と呼ばれ、川崎市内の神社の中で一番由緒がある神社だと言えるだろう。鎮座する位置は、川崎駅から南へ歩いて十分もかからないところだから、都市のど真ん中にあることは明らかだ。境内の周りにも高層ビルが聳えるし、鳥居の前で主幹道路が走る。つまり、自然観溢れて神秘的な気持ちはない。都市の神社の味は強い。騒音がある反面で、維持する氏子や崇敬者もいるので、御朱印を受ける為に社務所に入ったら、しっかりしているように見える。平日にお参りしても、神職が社務所に事務をしたので、常務神職があることも明らかだった。雰囲気を保ちながら経済基盤を確保するのは難しいと思う。

銀杏の神木の前に亥の彫刻都心だといっても、有力な神社だから、木々も樹立するのは言うまでもないだろう。その中に、一番印象的なのは、神木の銀杏だろう。案内板によると、樹齢を千年だと推測されたが、戦火に遭って、枯れたと恐れた時期もあったそうだ。しかし、新しい枝が生えて、今は緑に覆われる。ただ、戦争の損害のために周りに足場のような木材の支えがある。神木は、自分の力で立てられないようだ。

神木の周りに十二支の柱が配置され、十二支参りができる。干支の彫刻の下に性格を説明する案内板があるが、私が読んだ。私の干支の説明を読んだら、「まぁ、一応合っているね」と思ったが、隣の干支の説明も読んだら、「これも悪くないかもしれない」とも思った。回って、説明をちょっと読んだが、当たらないところは殆どなかった。要するに、私が毎年生まれたに違いない。すべて私の干支になるからだ。

神木の真後ろに木材の祠の中に石材の祠があった。石材の祠の中に、何もなかったようだった。少なくとも、見える存在はなかった。それは、神道的な構えだと言いたくなる。伊勢の神宮でさえ、ご神体として何もない神社もあるようだし。

木の葉を背景とする注連縄本殿には勿論、境内社にも参拝したが、今神社のホームページや略記を見たら、見逃した境内社があるようだ。どこに鎮座するかはちょっと分からないが、遠くないので、もう一回参拝して探すだろう。境内社の一つは、子神社{ねのじんじゃ}という大国主命{おおくにぬしのみこと}を祭る神社は、金属の籠に囲まれる。その理由は、社殿には細かい彫刻が施されたが、川崎の繁華街に近い周辺で夜になったら被害に遭う恐れがあるからだろう。それも、都心の位置の問題の一つなのではないか。

稲毛神社は一宮ではないが、他の参拝計画もある。これも、神道の研究の一環にもなると思う。神道の現状を把握する為に、神社にお参りすることは必要不可欠だと実感する。