思い出の朝

今日の投稿は親バカだ。ごく普通の子供の行動を自慢してしまう。予めご了承くださいませ。

さて、真由喜の素晴らしい出来事を披露しよう。先ず、ゴミを出す日なのだが、真由喜が起きる前に出せなかったので、真由喜が手伝いたくなった。お手伝いすることはいいことなので、承認したが、正直に言えばちょっと心配した。なぜなら、前に「手伝った」時、ゴミ袋に自分の体を寄せて、邪魔になってしまったからだった。しかし、今回は全く違った。自分でゴミの段ボールを持って、気をつけながらゆっくり階段を降りてから、ゴミ置き場まで運んでくれて、捨てた。本当に手伝ってくれた。まぁ、三歳になったので、形だけではなく本当に役に立つようになるはずだが、感動した。

そして、保育園へ出発する直前感動的な会話があった。私がいつも真由喜に英語で話すが、ブログの為に私の台詞の大半を和訳する。

「ダディー、遊ぼうよ。」

「ダメだ。間もなく保育園に行く時間だよ。」

「えぇぇ。Little bit. (ちょっとだけ。)」

「あぁ、それはもう何回も言ったので、もう魔法が消えてしまったよ。”Let’s play a little bit”という必要がある。」

「Let’s play little bit.」

これは、英語で初めての文章だった。だから、感動して、ちょっとだけ一緒に遊んだ。本当にもう出発する時間だったので、短かったが、そのように英語を使って答えてくれたら、拒むわけにはいかない。実は、最近英語と日本語をよく認識するようになったので、直接に英語の発言を促してもいいだろう。それはともかく、また感動した。

子供の成長は、感動的な過程だよなと改めて実感した。

「思い出の朝」への2件のフィードバック

  1. 親バカ?いえいえ、すばらしいことですよ。3歳の女の子が、家族の一員としての勤めを立派に果たしたのだから。こうして、親の手を離れていくのか、と少しさびしい気もしますね。
    彼女、誇らしげではありませんでしたか。この気持ちが、立派な社会人になっていくことに寄与するものだと思います。
    おおげさにいえば、”自分が必要とされて存在していることの自信”。

  2. @takai jun 様、いつもコメントをありがとうございます。まだ親バカだと思いますけど。確かに真由喜には誇らしげだったし、おっしゃる通り必要な気持ちだと私も思います。感動的な成長ですね。

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