2010年を顧みる

大晦日になって、一年間を顧みたくなるのは当たり前だろう。私も同じ気持ちになったので、ここで私たちの2010年について書きたいと思う。

昨今家で何でもかんでもが真由喜から始まるので、この投稿も例外にしない。三歳になった真由喜の成長は著しかったのは言うまでもない。一人前の喋りができるようになったし、自分の名前の「まゆき」の仮名が読めるようになったし、自分で着替えたり、トイレに行ったり、体を洗ったり、要するに身の回りの世話を自分でできるようになった。昨日書いたように家事に手伝いたくなったし、本当に手伝える場合もある。(遊びのようにかえって邪魔になる場合はまだ多いけれども、まだ訓練中だ。)保育園で落ち着いているし、来春の幼稚園も楽しみにしているようだ。英語の片言を発言するようになったが、英語の理解には欠陥はないと言ってもいい。日本語は勿論流暢だ。三歳の七五三を祝って、親にとってとても可愛かったし、しっかりして儀式に応じてくれた。テレビを見る量は理想よりちょっと多いし、本を読む量はちょっと少ないが、それは真由喜は私ではない証拠だと言える。私より体を動かして、冒険に挑戦する性格があるようだ。そして、音楽が大好きで、音楽教室で習った曲やセーラームーンのキラリスーパーライブのDVDで聞いた曲を躍りながら歌うことも多いし、自分の歌を作ることも多い。だから、歌や踊りの習い事をさせると思う。少なくとも、今の音楽教室を必ず続ける。

ゆり子と言えば、公園での仕事を辞めて、着物レンタルのお店で働き始めた。この仕事も楽しいそうだし、習った着付けの技を行かせるので、いいことになった。仕事以外と言えば、ゆり子はやはり新しい家だ。

この家を見つけたのは、今年の一月だったので、一年前に引越すつもりさえなかったのに、もう新居に落ち着いた。リフォームは多かったが、家族の支援のお陰で無事にできた。そして、ゆり子の建築士の友人のお陰で、ユニークな構造になって、和室が特に素晴らしくなったと私が思う。引越しには様々な苦労があるのは周知の通りだが、新しい間取りで私が玄関のすぐ側にあるオフィスで教えたり、ゆり子と真由喜に生活に邪魔にならないことは何よりだ。そして、オフィスには冷暖房があることもありがたくて、仕事の環境を改善した。家には和室ができて、和室の中に神棚を設けたり、雛人形を飾ったりできるようになったことも精神的な改善になった。和室の神棚の前に家族が揃って、感謝することを行うことは、毎日の幸せを忘れないように保障する。

そして、仕事と言えば、英語教師の仕事が繁栄した。生徒さんの皆様の信頼を得たことで、責任も重く感じるが、レッスンの楽しさも見逃すわけにはいかない。問い合わせを減らす為の授業料増加の工夫が効いたが、まだまだ忙しいし、年末年始のレッスンの乱れに対応できる余裕があったので、この面で仕事が上手くいっている。来年続くように。

また、川崎市外国人市民代表者会議に選任していただいて、それに部会長に選んでいただいて、住んでいる川崎市に貢献できるようになった。本格的な審議が始まったばかりだが、今年基盤を敷いて、効率的な審議を始めたと思うので、役割を果たすように頑張る。川崎市に住んでいる外国人のために努力するのは勿論だが、全国にいる在日外国人のためにも、川崎市に住んでいる日本人のためにも役に立てると思うようになった。皆様に利益をもたらすように尽力したいと思う。

では、編集や作者の仕事はどうだろう。それがちょっと挫折してしまったような気がするので、今年の不満だ。編集の仕事が進んでいるが、最後のチェックがまだ必要である原稿が山ほど重なってきた。来年すぐにクリアしたいと思う。そして、作者の仕事と言えば、今年何も書いていないに近い。ブログでTRPGの概念について書いたことに留まる。原因は明らかだ。教師の仕事が繁栄するし、引越したし、川崎市外国人市民代表者会議に参加するようになったし、それに真由喜もいるので、残っている時間が本当に僅かになってしまったからだ。時間を効率的に使うように頑張らないとダメだから、今年後半ちょっとよくなったが、来年より良くしないといけない。

だが、心理的にこの不満を大きく感じるとはいえ、客観的に顧みたら今年の成績が充分あるので、充実した一年間だったと言えよう。これを受けて、前向きで積極的に来年と取り組みたいと思う。

最後に、また今年一年間私の稚拙なブログをご覧なさってくださって、誠にありがとうございます。我慢していただければ、来年もよろしくお願い致します。

北川景子の年末挨拶

今日未明北川景子さんが一年間を振り返る投稿をブログでアップした。仕事から帰って、「寝る前に済まさないと」の気持ちで書いたようだが、私が評価する。確かに業界に入れば、無知故の自信をどんどん失うが、北川さんのように成績を納めれば、功績から湧く自信を代わりに持つようになるのではないかと思った。前にも指摘したと思うが、偶然に北川さんのデビューと私の日本への上陸は同じ2003年10月だったし、私が北川さんの処女作で初めて見たので、私の日本の生活とずっと伴ってきてくれたような気持ちだ。だから、合理的な根拠は一切ないけれども、北川さんの隆盛で私も誇ってしまう。今年北川さんがよく頑張ったと私が思うので、これからも応援する。

それで、ちょっと気になった点があった。「役者であるということを差し引くと何も残らない人間だと自分を分析していますが」のような謙虚な文章も書いてある。普段は建前だけだと判断するかもしれないが、数年間のブログを考えてみれば、或る程度本音なのではないかと思わざるを得ない。でも、北川さんが指摘した状況は人間の共通点だ。人生で力を尽くしてやったことを差し引いたら、残り物が少ないことは避けられないことだ。考えれば、理由が明らかになる。ある目標の為に尽力すれば、他のことに努める為の力が余らないからだ。徳川家康から将軍であることを差し引いたら、何が残る?だから、このような分析方法を止めたほうがいいと言いたくなる。(昔なら、無知故の自信でファンメールでいうかもしれないが、もうそれは馬鹿だと分かってきたので、ここで全く別人のみに意見を表す。)

最後に、北川さんが選んだ写真もいいと思う。このようなちょっとフォーマルな投稿にはスナップではなく、スタジオ写真を使っていいよね。

届かないけれども、北川さん、良いお年をお迎えください。

お手伝い

最近真由喜がお手伝い好きになった。勿論いいことだが、食事の時間にはちょっと問題になる場合もある。なぜなら、私かゆり子かがお箸や食事をついだら、真由喜が怒るからだ。だから、癇癪を防ぐ為に最初から真由喜に手伝ってもらうしかない。真由喜が速やかに手伝ってきたらいいが、まだ三歳だから、テレビを見たり、玩具と遊んだり、躍ったりすることは多い。結局「冷めちゃうよ」と言いながら、強く促す必要がある。そして、一緒に食べるのは基本だが、真由喜も一緒ではないとだめだと思って、私たちを先に食べるのは許さない。ついだらすぐに食べてくれたら問題はないが、実はついだら他の遊びに行く傾向は著しい。だからまた「冷めちゃうよ」と言うことになる。料理が本当に冷めるが、真由喜が一緒に食べることは圧倒的だ。だから、ゆり子がちょっと傷を受けるが、長い目で見たら真由喜がもう少し成長したらいい生活習慣が身に付くと思える。もう少し辛抱するしかない。

ところで、真由喜が感謝することについて積極的になった。最初に拒否する場合もあるが、大変眠くなった場合を除いたら、それが長く続かない。気になったのは、最近ビデオを見たことが多く感謝することとして登場することだ。より積極的に遊んであげないと。

年賀状できた

昨日やっと海外の年賀状を終えて、出した。国内の年賀状を25日までに出したので、これで間に合うような状況になっただろう。今年、年賀状にメッセージを書くことにしたので、去年よりちょっと時間がかかったが、やはり心を込めて出さないと意味が薄れる。

ところで、年末は忙しいよね。私の仕事が31日の18時まで続くし、年賀状などの用事もたくさんある。大掃除をするのは儚い夢にすぎない。では、仕事に戻ろうか。