節分

昨日の夕方は真由喜の待ちに待った「鬼は外!」だった。月曜日に豆まきの為の豆を買って以来、ずっと「鬼は外はいつ?」と聞き続けたので、やっと来たら大喜びの真由喜。しかし、私が鬼のお面をかぶったら、真由喜が「いやだ!鬼しないで!」と叫んだので、やむを得ず止めた。お面を外したら、真由喜が積極的に和室に行って、「鬼は外!福は内!」を叫びながら私の方へ豆を投げた。ゆり子が撮影役にして、ビデオ収録を確保した。

それから、豆を片付けたら、恵方巻も食べた。真由喜が外側の祝詞ご飯しか食べなかったが、恵方に向かってがぶっと食べたので、この習慣も活かした。

食べ終わったら、私と真由喜が和室に戻って、また豆まきした。私が鬼役をまたしたら、真由喜も鬼役をしたくなったので、私が真由喜の方へ豆をまいた。そして、現実の(?)鬼なしに、二人で豆を投げたり拾ったりした。本当に楽しかった。

終わったら、感謝することをしたら、真由喜が恒例の見たテレビ番組ではなく、豆まきを感謝することにした。感動した。

だからこのような習慣が守りたい。

明けましておめでとうございます

「ちょっと遅れたな」と思う人もいるかもしれないが、今日は節分だけではなく、旧お正月だ。陰陽暦によると、平成23年が今日始まる。だから、韓国や中国で祝っていると思う。

実は、私が日本の太陽暦にの変化をちょっと残念に思う。7日間の週の導入も同じだ。なぜなら、両方は世界文化の均一化の先駆者だったからだ。私は、地方色が濃く残るように望むので、均一化が進まないでほしい。もちろん、もう140年ぐらい前に暦を替えたので、日本が陰陽暦に戻った方がいいとは言えない。不便が多発することは予想しやすいし、もう日本人には馴染みのない暦だから、「日本文化」の維持にもならない。

しかし、陰陽暦によって儀式などを行ったらどうかと思う。節分はまだ生きているが、それも陰陽暦に基づく。「陽」の部分だから、太陽暦でも毎年ほぼ同じ日になるが、日本の昔と同じだ。だが、旧暦のお正月を祝ったり、五節句を旧暦の通り祝ったらいかがだろう。少なくとも織女星と牽牛星がより頻繁に会えるだろう。(七夕が新暦の八月に行うからだ。)

イギリスの伝統が薄れたことを見て、日本の年中行事がまだ盛んであることを考えれば嬉しくなるので、将来にも受け継がれた行事を伝えたい気持ちは強い。陰陽暦を失わないことはその一部だ。

医薬神社

鳥居越に本殿が見える医薬{いやく}神社は小さい神社で、狭い境内に鎮座する。周りには住宅地や遊具がある公園があるが、神職はいない。案内本によると、明治維新までこのところに東光寺というお寺があったが、明治時代に廃寺になって、医薬神社と合併したそうだ。神仏分離を重視した明治政府が神社とお寺を簡単に合併させるのは考え難いが、廃寺の代わりにお寺の元鎮守の神社を鎮座するなどは充分可能。詳細は何であれ、結果は神社には墓地が付属することだ。神社に墓地は珍しいことは言うまでもないが、原則として死と関わる墓地を聖なる境内から隔離するそうだ。医薬神社もその例になる。神社が交差点に鎮座するが、墓地と社殿は、交差点の斜めで向かいます。車がよく通る道が境界になる。

境内で探したが、案内板はないようだった。だからご祭神などが分からないが、おみくじや絵馬がかなりあったので、祭の時になると賑わうと思わせる。祭の時はそうであるかもしれないが、私がお参りした時に誰もいない寂しい神社だった。案内板もないから特に寂しく感じたのだろう。

学資保険

昨日真由喜の為の学資保険の契約を結んだ。子供はお金がかかるね。(昨日母と話したら、母が同じことを言った。本当にそうだ。)

学資保険は、15年後のための保険で、知れない様子は沢山。日本の政府が大学も事実上無償にするか。日本の経済がインフレに転じて、貯めようとする金額が無意義になるか。私の収入が保険料を支払えるレベルで続くか。次の関東大震災と富士山大噴火で東京が破滅するか。15年先はなかなか予想できない時期だ。15年前の1996年を考えれば、現在と大きく変わったことが分かる。同じような変化が将来にも待つことは間違いない。だから、保険でも、不安のごく一部を消滅できる。それは、私が15年間生き残るかどうか不安だ。

しかし、他の貯金方法を取れば、私の寿命が他の不安に加わるしかないので、保険を使う方針のほうが安定だといえよう。できるだけ生き延びて、真由喜の将来のために変化に対応するのは相変わらず基本方針だ。

ところで、風をひいてしまった。今日レッスンができたが、もう疲れてきた。早寝するかな。