図説 日本の神々を知る 神道

また神道の入門書を読んだ。これは研究のためだが、本によって立場が違うので、面白い。特に、最近読んだ数冊の著者は同じで、武光誠氏であるのに、立場や内容がかなり違う。勿論、基本的な立場が共通するし、再使用された図も少なくないが、内容は明らかに本毎にその本の計画を考えて最初からやり直したことは明らかだ。尊敬する。前に著した文章をまた使う誘致は強いだろうが、そうしなかった。

さて、この本の特徴はどうだろう。一言で言えば、実践だ。この本が神道の実践を重視する。第一章は祓いについて、どうやって祓いを受けるか、いつ祓いを受けたほうがいいか、厄年の意味などから始まる。第二章は「開運の知恵袋」という、祈願内容によってどこの神社がいいかを紹介する。そして、第三章がお参りの作法と神棚の祀り方を紹介する。最後の第四章が神道の歴史と展開を簡単に説明するが、四分の一に過ぎない。だから、本のタイトルに拘らず、神々の紹介ではなく、神道の行動を紹介する。その結果、記紀神話の内容にあまり触れない。祓いと関わる天岩屋の神話とイザナギの禊の神話を祓いについての章で紹介するが、それ以外、例えば大国主の神話や天孫降臨以降の神話に触れない。これ自体はかなりの特徴になると思う。

そして、実践の説明の中で、二つの点が目立つ。一つは、祓いを如何に重視するかということだ。第一章の課題だし、神道の中枢に位置づけられる概念だ。穢れについては、気が枯れるという語源を掲げるので、穢れは病気や落ち込みと関わるという。例えば、不幸なことに遭ったら、祓いで立ち直る力を得るという。一方、穢れと言うのは、一回の不幸に屈して、諦めることだとする。穢れが積んだら、誤りを犯すようになって、その誤りが他の人に迷惑をかける。だから、積んだ穢れは罪だという。穢れや厄は、自分の行動からも、周りの人からも受けると言うので、定期的に祓い清める必要があると説く。

祓いは神道の重要な儀式であることは否めないし、穢れが重視されることも確かだ。だが、これほど中核にすることは珍しい。

もう一つの目立つ点は、超自然な力への態度だ。開運の章で、神社にお参りしたら超自然的な援助を得るように書いてある。そして、妥当な神社に参拝したほうがいいとも言う。確かに明記しないし、「頑張らずに神の力に任せてはならない」とも書いてあるが、所謂「普通の神社神道」を紹介する本がこのようなことにあまり触れないので、ちょっと気になった。

最後に、天皇の役割だ。歴史の章の前に皇室が出てこないと言えよう。そして、歴史の章で皇室が神道を集権国家を成立するために扱ったと説いてある。これは武光氏の神道観の特徴で、すべての武光氏が書いた神道の入門書に共通する。天皇は神道の中心人物と認めずに、むしろ勝手に本当の神道を使おうとした存在として紹介される。一方、自然崇拝はこの本であまり重視されない。要するに、英語圏で神道を説明する人が選ぶ重要な要素を両方無視すると言える。これは、神道の全体を把握しようとする私には、大変興味深い現象だ。


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