この本はまた神道の入門だが、またほかの入門書とびっくりするほど異なる。表紙に書いてあるのは、「一億人の人々が読もう」ということだから、日本に住んでいる皆に神道を紹介するつもりで著されたと推測する。それを考えたら、内容はちょっと不可思議だ。
何の意味で不可思議かというと、様々なところから本質がかなり違う原稿を集めて、一つの本に括ったような構成という。本の最初に写真と祓詞があるが、それから2000年にニューヨークで国連の「ミレニアム世界平和サミット」で神宮大宮司が発表したスピーチの全文が載る。そして、同じスピーチの英訳も載る。次は、鎮守の森の話があるので、自然崇拝の色は濃いが、その後記紀神話の紹介があって、漫画風な可愛い挿絵もある。それが終わったら、神社本庁の敬神生活の綱領とその解釈が載る。綱領の後で、祝詞の歴史や構成についての記事と毎日家庭で使える祓詞や神棚崇拝の祝詞が載った。それから、神道と関わる歴史的な短歌と歌の解釈に続いて、コラムのような一ページずつの神道の生活についての記事が十数ページを占める。最後に神道の歴史とほかの宗教との関係と、人生儀礼と年中行事の紹介がくる。そして終わる。纏めはない。
私にとって興味深い材料は少なくないが、神道について知らない人がこれを読んだら、どれほど神道が分かるかは疑わしい。情報自体はオーソドックスとはいえ、枠はないので、情報の間の関係は分かりづらいだろう。それに、執筆に協力した人が28人に上るそうだから、本の中の立場も微妙に違う。これも、本を読みながら明らかになったことだ。だから、興味深い本だと思うが、入門書として適切であるかどうかは不明のままだ。
もう一つ気になったことは、この本が私がキリスト教徒であった時に読んだキリスト教を紹介する本に似ていることだ。つまり、宗教を促進するような内容だ。ほかの神道の入門書にはこのような印象はなかった。特に、敬神生活の綱領の紹介と解釈は、キリスト教の教義の紹介のようだった。それは、解釈の中で神道は「統一した教義を持たない宗教である」と明記されるのに、強い印象だった。ほかの本が歴史と実践を紹介するが、このような教義に似ていることはない。これが本を一貫するわけはないが、かなりの特徴になる。
そう言えば、綱領の解釈で私の興味を惹いた点の一つがある。第三の綱領は、「大御心をいただきて」で始まるが、「大御心」の意味が焦点となる。綱領には、天皇が明記されていないが、神社新報を見たら明らかになるのは、神社本庁にとって天皇が神道の中枢的な存在であることだ。だから、この「大御心」が天皇を示唆する説は有力だとされる。一方、解釈で、「おおみ」という接頭語が天皇についても使われていることを認めるが、「大意」というところで、「神の御心を心にとどめて」と解釈する。神道入門で天皇を見つけることは、意外に難しい。日本人の大半が神道の知識を入門書などから得るとしたら、現在の神道で天皇が重要な役割を果たしていないと言えるほどだ。
話が変わるが、急に変わることもこの本の性質に相応しい。コラムの部分で、数年前に日本で開かれた宗教の会議の紹介がある。宣言案には、日本語で「神・仏」と書いたが、英訳で「god and buddha」になったら、南アジアの仏教の代表とイスラーム教の代表が抗議したそうだ。英語で新しい言い方を検討したら、「highest power」にしたそうだが、それを日本語にすれば「至高者」になった。これは、神道の方にはちょっといやだったが、主催者としてまた問題を起こすわけにはいかないと思ったという。これは本当に神道の理解に貢献するエピソードだ。先ずは、西洋で典型的な宗教とどれほど性質が異なるかが分かる。「至高者」でどの宗教でも含められると思うのは、西洋で普通だろう。至高者についての教義が異なるが、宗教そのものは、至高者への信仰だと明記する組織もあるそうだ。(たとえば、フリーメーソンになるためには、特定された宗教を条件にしないが、至高者を信じる必要があると読んだことがある。それは本当であるかどうか分からないけれども。)しかし、神道には相応しくない。天照大神は至高者ではない。古事記をみれば、天御中主命は至高者ではあるまいかと思えるが、名前しか出てこないし、それは一ヶ所しかない。神道には重要な存在ではないことは周知の通りだ。神道には、至高者が存在しないと言ったほうがいい。だから、西洋の一般の定義で、神道の信者であれば、神を信じない人であるし、神道は宗教ではない。(ところで、明治時代に初めて神道は宗教ではないと強調したのは、キリスト教の宣教師だったそうだ。)
そして、会議の参加者に迷惑をかけないように、神道の代表が自分の宗教にあまりにも合わない宣言に賛成した。これも、神道で教義の優先順位は極めて低いことをよく示すと思う。もちろん、わざと「神道には至高者がある」と言わないが、共同宣言でそのような内容が入っても許せる態度だ。西洋の典型的な宗教はその正反対だ。教義を最優先して、教義と合わない宣言に著名すれば邪教信者に等しいと思われる。
纏めれば、この本を読んで、神道の理解に役立つ内容は多かったが、単純な初心者が読んだら、神道のはっきりしたイメージができるかどうかはちょっと疑う。