昭和の日

昭和の日になった。私が日本に到着した時にまだみどりの日だったが、確かに昭和期には天皇誕生日だったので、相応しくない呼称だとは言えない。しかし、「昭和の日」は、どういう祝日だろう。法律で「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」の定義があるそうだ(ウィキペディアから引用した)が、具体的にどういう意味なのかな。

先ずは「激動の日々」は否めない。大東亜戦争、占領期、高度成長期、バッブルのすべては昭和期に含まれるので、日本の歴史を全般に見たら、同じような激動を見せる時期はないだろう。明治時代の変化は激しかったが、文明開花の一方だったと言えよう。戦国時代も、内乱ばかりで昭和期のような変動はなかった。この点だけで、昭和期は忘れてはいけない時期だったし、将来にも日本の歴史に大変重要な時期として重要なところを占めると思う。この部分に遠慮なく首肯する。

しかし、「復興を遂げた」という表現についてちょっと疑問を抱く。戦後の復興を指すと思うしかないが、昭和期にはその戦後の灰原の状態も招いた。戦争の善悪を置いておいても、昭和期の日本が大きな間違いを犯したというしかない。それだけではない。バッブル期で、平成以降の失った20年間の基礎を敷いた。楽観的に昭和期を顧みるべきではないと私が思う。

そして、「国の将来に思いをいたす」という纏まりだ。特に国の将来を考慮するつもりなら、昭和期を全体的に考えるべきなのではないか。昭和初期とバッブル期が両方同じ教訓になるだろう。それは、拡大に専念して、膨張のみ見たら、短期的に成功にあっても、長期的に問題に遭う。何の計画でも、長期的にも考えるべきだ、と戒める時期だ。それにもう一つ。昭和初頭から昭和晩期を予想しようとしたら、絶対無理だっただろう。昭和初期で、大日本帝国が日本の豊富の礎になったと思い込んだので、昭和晩期に帝国を完全に失ったのに、昭和期より遥かに豊かで国際的な影響力がある国になるとは思えなかっただろう。だから、もう一つな教訓は、長期的に考えても、実に来る将来は予想外だから、指針を事情に応じて改善したり、完全に見直したりする必要に覚悟しながら進むべきだという。

結果を見れば、昭和期を真似するべきではないのは明らかだ。結果を一概に悪いとは言えないけれども、あの時にあった行動があれば、あの時にも合わなかった行動もあった。今の行動は、現状をじっくり見て選択するべきだ。そうしながら、昭和期の激動を覚えて、現在の状況が続くことを方針の前提にしない。私の考えで、定義の真ん中を省略したら丁度いい。「激動の日々を経た昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」と。

「昭和の日」への2件のフィードバック

  1. 「激動の日々を経た昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」と言うのには賛成しつつ、若干の補足を。

    「日本の歴史を全般に見たら、同じような激動を見せる時期はないだろう。明治時代の変化は激しかったが、文明開花の一方だったと言えよう。」とありますが、明治は文明開化であり、日清・日露戦争であり、アメリカ・ロシア・オランダ・イギリス・フランスとの不平等条約の改正と、やはり大きく動いた時代であり、明治天皇の天皇誕生日は11/3の文化の日として、いまだもって祝日であったりします。

    もしかして大きく時代が動き、統治期間が長年であり、その時代を懐かしむ人が大勢権力者側にいれば、将来の天皇誕生日はその天皇の死後にどんどん個別の祝日になるのかなぁ、なんて思ったりもします。

  2. @Ayukata様、コメントをありがとうございます。

    明治時代はそうですね。「文明開花」はちょっと略称でしたが、明治時代に日本が進んだ一方ということを指したかったです。江戸時代が幕を落としたら、不平等条約がありましたし、日本は弱かったですし、それに国内には内紛の火種が広く潜みました。明治時代の歴史は、その問題の解決の歴史だったと言えるのではないでしょうか。昭和期には成功も失敗も見えます。

    私も、将来にも天皇誕生日が個別の祝日になるのではないかと思います。しかし、昭和の日はゴールデンウィークの一部であったことが大きく働いたでしょう。

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