伊勢山大神宮

金属な階段が鳥居へ伊勢山大神宮と呼ばれる神社だが、大きな神様のお宮ではない。むしろ、超小規模な祠に留まる。木造の天気から守る為の小屋の中に神棚用の宮型が納められて、その中に神宮大麻がご神体の役割を果たしているようだった。参道は、急な斜面を上る金属な階段だったが、段を踏まえれば、階段が揺れたり鳴ったりする。境内の周りに金属の網柵が廻らされるので、木々があるとはいえ、神社の境内の雰囲気はほとんどない。網柵がある理由は、神社の境内が公園の一隅が割かれて作られたからだ。公園との区切りになる。「大神宮」と呼ばれた理由は、単純に天照大神を祀るからだろう。

一方、祠はこのようであっても、境内には立派な石碑があるし、祠の中に榊が供えられた。だから近所の人がまだこの神社を見守ることは明らかだった。地名から分かるように、古から伊勢の神宮を崇めた地域なのようだから、伊勢山大神宮は文字通り大神宮だった時期もあったのだろう。

しかし、何かの直感があった神社だった。錆びた鳥居や安全性の疑わしい階段も、網柵も神棚の宮型も、寂しい気持ちが漂った。忘られていないことを示唆する要素があちこちに潜めたので、神社の遺体ではなかったが、古代の遺跡を見つけるような感じだったのだろう。それとも、秘密を共有するようになったかのような印象だっただろう。この神社にお参りする人は少ないと思うしかないが、神社はまだ放置されていない。甦る力が潜在する雰囲気だったのではないか。

言うことを聞かなくてはいけないのか

よく聞かれる親の愚痴は、子供が言うことを聞かないというのだ。確かに親の指導に従わない場合は少なくないが、それは本当に問題なのか、私が疑う。

子供は親や大人の奴隷ではないので、親が言うだけで従う義務が発生するわけはない。もちろん、子供が世界を分からないので、指導する必要があるし、強制的に従わせる必要も時々ある。物理的に精一杯叫んでいる子供を捕まえて持つことが必要になる場合も少なくないだろう。確かに私がそのようなことを覚える。しかし、それは子供がしようとする行為は危険だとか、他の人に傷を付けるとか、大変迷惑になるか、自分の将来を大きく損ねるなどの場合だ。危険を避けることや自分の将来を守ることは明らかに教育の一部であるが、周りの人に迷惑などをかけないことも教育の一部だ。人間と共存しないといけないので、その方法が分からなくてはならない。

一方、親がすぐに別なところにいきたくても、子供がもう少しいる場所で遊びたかったら、親の意志を必ず優先する根拠はないと思う。だから、自分の意志を表現できるようになった子供は、そしてそれはもう三歳で十分だし、交渉や説得や妥協は必要だと私が思う。勝手に何かをして、子供の服従を期待するのはダメだ。むしろ、親が自分のやりたいことを説明して、そして子供のやりたいことを聞いてあげて、それからそれを踏まえて妥協案を作り上げるべきだ。子供がわがままでできることにならないのは明らかだ。妥協なら、子供の意志のままにもならないからだ。妥協に従えば、比較的に子供が応じるとも思える。自分が欲しいことの一部を気持ちよく確保できることに気づくし、子供が基本的に親のご機嫌が欲しいので、積極的に対応する場合もある。少なくとも、真由喜はそうだ。妥協はできない場合、理由を説明したら子供が従ってくれるだろう。これも、真由喜の場合で見える。バスに遅れるなどの理由で、すぐに出発する場合は多い。

これは私の考え方だが、子供を人間として扱う方法だと思う。大人として扱わないが、(例えば、幼稚園にいかないと真由喜が言っても、病気ではない限り許さない)子供がお友達と同じように接したら上手くいくと思うし、大人になっても同じ方法を続けてもできる。いい方法であるかどうか、二十年後の結果を待つしかない。

山王神社

赤い鳥居の後ろに小さな社殿が見えるこの山王神社は、下鶴間諏訪神社の境外末社だそうだが、本当に小規模な神社だ。写真から分かると思うが、境内は住宅地に挟まれた駐車場のようにも見えるし、社殿は小さくて簡素である。写真でちょっと見にくいが、隣の民家の庭には敷地神社があって、その神社が山王神社に劣らないほど大きくて立派だ。ただし、山王神社の鳥居はかなり丈夫で、大きくて、立派に見える。柱に下鶴間諏訪神社に奉献されたことは書いてあるので、末社の管理に気を配るようだ。ところで、鳥居には生産会社の名称も書いてあったが、アサヒという会社で、神社新報によく広告を見る会社だ。

この神社には雰囲気はないといっても過言ではない。鳥居の傍らに大山街道関係の石造物があるが、それに雰囲気の方がある。今日、この神社が近所の祭の拠点になると思うが、それ以外機能するかどうか分からない。一見で見れば、普段何もしないようだが、この神社をまだ篤く信奉する人がいるのだろう。

眠い

ごく普通のことだが、今週もちょっと寝不足気味だったので昨日比較的には役就寝した。

ところが、深夜に真由喜が珍しく夜泣きした。30分ぐらい激しく泣いたり蹴ったり咳したりしたので、私もゆり子も眠れずに真由喜を見守った。真由喜が目をちゃんと開けなかったので、ずっと寝ていたかと思ったら、朝になったらそうだったようだ。真由喜に「なんで泣いたか」と尋ねたら、「苺は大きかったからだ」と答えた。やはり変な夢だった。

だから、今日になっても大変眠い。幸い、土曜日の通常の18時から20時までのレッスンは今週キャンセルされたので、18時に終わる。なんとか18時まで頑張れる気がするが、20時までは必要だったらどうか。編集したほうがいいが、今日してもミスだらけになる虞れがあるので、明日まで延期する。仕事と子育ての両立はまだまだできていないと思うなぁ。