哲学

昨日と今日二つのフィクションを読むことになった。内容で久しぶりに哲学について考えさせられた。それで、また哲学したい気持ちが非常に強くなった。哲学を本格的にするために、考える時間は必要不可欠だが、仕事で、子育てで、そのような集中的な時間はなくなった。

哲学の定義として、すぐに役に立たない学問を挙げる。つまり、まだ答える方法が分からない質問と取り組む学問だ。取り組む方法が明らかになったら、その質問が哲学から独立して、乖離された分野になる。例えば、千年前に、科学は哲学の一部だったが、もう哲学ではない。心理学は、100年前に哲学の片隅だったが、もう自立して、別な分野になった。だから、哲学が進化としないと言う人は多い。その理由は、進化した問題が哲学が切り離されたからだ。まだ進化していない問題しか残っていない。千年前の定義を使ったら、哲学が大変進化した。もうテレビもパソコンも哲学のお蔭で実現された。

しかし、もう取り組む方法が分かった問題は一番重要な問題であるとは限らない。現在で平均寿命が40年を超える理由は、数百年前に何も利益も解決見通しも見えない問題と取り組んだ人がいたからだ。あいにく、取り組む人の殆どが失敗した。問題は難しいので、失敗することは多いはずだ。それに、現在まで未解決のままで伝わってきた問題はもう解決できた問題より難しい可能性も見逃せない。人間には不可能である可能性にも覚悟するべきだ。

それでも、そのような問題について真剣に考える時間がまたあったらいいと思わざるを得ない。