ケンブリッジ

旅行の最後の週末にケンブリッジに行った。ゆり子のお母さんが私たちと同時にイギリスを訪ねたが、途中で別れてアイランドを訪れた。だが、最後の週末の為にまた合流して、一緒にケンブリッジに行った。

ウィップルという科学の歴史の博物館でゆり子のお母さんとゆり子と真由喜が展示品を見る
三世代、私の学部で
ケンブリッジは、私の母校でまり、ゆり子が初めてイギリスで英語を学んだところでもあり、私とゆり子が出会ったところでもあるので、私たちには重要な町だ。それでも、ゆり子のお母さんにはまだ行ったことはなかった。だから、典型的な観光をした。まず、駅から中心部まで歩いて、町の雰囲気を味わった。中心部で私のケンブリッジに住んでいる友達と待ち合わせしたが、その友達の一人が真由喜の為に絵本を買ってくれた。コーヒーなど飲みながら、真由喜に読んであげたが、楽しんだようだ。

それから、特別なところへ行った。先ず、私のトリニティカレッジに訪ねた。閉門だったが、私はカレッジのメンバーだから、入ることができた。あいにく、教会は工事中だったが、食堂に入れたし、私が住んだところも見えた。それから、カレッジの後ろの所謂バックスに行って、パンティングした。パントというのは、浅い川のための船で、漕ぐ為に長い棒を川の底に押す。ちょっとコツがあるし、漕ぐ為にとても小さなデッキに立つので、川に落ちる人もいる。しかし、私が学生時代にコツを身につけたので、今回も挑戦した。幸い、自転車を漕ぐように、一旦学んだら、一生忘れないようだ。8年ぶりだったので、速くできなかったが、川に落ちずに奇麗なカレッジの後ろを往復できた。川から見えるケンブリッジはとても素敵だから、お母さんが特に楽しんだそうだ。

そして、キングズカレッジの教会を訪れた。それは有名で、ケンブリッジで一番素晴らしい建物だろう。大学のメンバーなら、無料で入れるので、それも有難い。ランチを食べたら、私の学部も訪れた。それは、科学の歴史と哲学の学部で、博物館もある。私の時代より博物館も学部も広くなったようだったので、楽しかった。一方、微妙に悲しかった。一つは、私の恩師が数年前に若くて亡くなったが、それ以来初めて学部に入ったことだった。もう一つは、あの頃の生活や人生を完全に手放したことを実感したからだっただろう。

観光の後で女性の三世代が帰ったが、私がTRPGの大会に行った。それは仕事だったが、楽しかった。私と一緒に本の作成で働く人と会えたし、ゲームを遊ぶこともできた。旅行のいい終わりになった。

ロンドン

イギリスにいた間に、私の母が丸一日真由喜の面倒を見てくれて、夫婦二人でロンドンに行かせた。駅まで真由喜と一緒だったが、別れる時になったら真由喜が泣き始めた。心を鬼にして列車に乗ったが、母によると家に帰ったら真由喜がすぐに泣き止んだそうだ。

銅像の向こうに五輪のマークとホームが見える
聖パンクラス駅
ロンドンに着いた駅は、キングズクロスだったが、先ずと也の聖パンクラス駅に訪ねた。これは、列車でイギリスから大陸へ行ける駅だから、「国際聖パンクラス」と呼ばれる。駅のビルも素晴らしいし、ホームに新しい銅像もあるので、ちょっと印象的な駅だった。ところで、ハリーポッターの映画で、キングズクロスの代わりに写されるので、ロンドンを知っている人が「となりだよ!あの駅ではない!」と叫びたくなる。

それから、ヴィクトリアとアルベルト博物館に行った。今改修中だが、修繕された展示室は素晴らしかった。中世とルネッサンスの展示室は、教会の形にして、本物の教会で配置されるように美術品が展示される。そして、日本の展示室に行ったら、日本の美術館では殆ど見えない作品は多かった。なぜなら、輸出のために作られたものは多いからだ。日本に残された作品は少ないので、日本で見る機会は少ない。それに、ゆり子によると日本っぽくないものも多かった。17世紀にも、19世紀にも、現在にも、西洋の好みに合わせてものを作ったようだ。

博物館でお昼を食べたが、美味しかった。それに、食堂は凄い。博物館が設立された19世紀半ばに食堂として建てられたそうだから、部屋の装飾はその時代を代表するもので、これも印象的だ。入館料はないので、ロンドンを訪れれば、この博物館も訪れるのはお勧めだ。

午後に私には仕事関係の打ち合わせがあったので、ハイドパークを渡って行った。ゆり子が数ヶ月ロンドンで留学したことがあるので、懐かしかったそうだ。私は、ロンドン大学で働いたことがあるものの、ロンドンに住んだことはないので、ゆり子のほうが詳しかっただろう。

とにかく、久しぶりの二人切りの一日は楽しかった。また同じようにしたいと思う。

イギリスの北西

時差ボケのせいで時間は余りないので、イギリスの話を分けてアップする。

大きなセーターを着た真由喜が灰色の空の下で茶色の海の前に立つ
砂浜ではないけれども
ゆり子と真由喜が8月1日にイギリスに行ったが、仕事の為に私が10日に着いた。幸い、西へ行ったら時差ボケは優しいので、その翌々日に私の出身地のイギリスの北西へ向かえた。一番の目標は、11歳の頃からの友達に訪ねることだった。日本にくる直前、彼の結婚式に出席したし、息子さんと一緒に家族三人に私たちの結婚式に出席してくれた。友達のお家に泊まったが、土曜日に日帰り旅行にした。

先ず、イギリスのウィラル半島の海岸に行った。これは、イングランドとウェールズの境になるディー川に面する海岸だから、海岸ではないと強調することもできる。しかし、潮は激しいし、塩水にもなるので、私が海岸と思う。これは懐かしかった。子供の頃、数回同じ海岸を訪れて、旅行したが、天気も、景色も、匂いも、子供の頃の風景を思い浮かばせた。確かに典型的な砂浜ではないが、ウェールズの見える風景は奇麗だし、楽しい思い出だ。ただ、子供の頃の海岸はこういう風だったからビーチの旅行を特に好まないだろう。

真由喜とお友達がローマ時代の柱のまえに新しい意志のベンチにうつぶせになる。背景二は、チェスターの中世の塀が見える。
ローマ時代の柱と中世の塀
それから、チェスターという町に移った。チェスターは、2000年弱の歴史がある町で、イングランドをウェールズ人から防衛する役割を果たした。だから、町の周りに石の塀があったが、半分以上が門とともに現存する。それに、発掘調査の結果でローマ時代のアムフィテアトロが発見され、公開された。だから、真由喜と一緒に塀の上を歩いたり、ローマ時代の跡を見たりしながら楽しめた。友達の奥さんにはチェスターに住んだことがあるそうだから、住民の話も聞かせてもらった。やはり、ケンブリッジのように、住民は観光客でうんざりするそうだ。

友達の息子さんはもう6歳になったが、真由喜とよく遊んでくれた。真由喜も楽しそうに遊んだので、良かった。ただし、男の子は、真由喜を抱っこして持ち運ぶことは大好きだったが、結局真由喜が飽きたようだったので、逃げるようになってしまった。

北西に行く為に、可愛い二両編成の列車に乗って、イングランドを横断したので、その時もイギリスの風景を楽しんだ。イギリスには日本のようの山はイギリスにないといえども、日本にはイギリスのような丘は少ないだろう。雲さえ異なるような気がした。でも、イギリスに着いたら、「帰国した」という気持ちはなかった。外国でもないが、もう感情的に帰国できなくなったようだ。

血栓

今朝起きたら、右足の脹ら脛がちょっと痛んだ。見たら、膨らんで、赤くなっていたので、ちょっと様子を見ることにした。今朝起きたときは午前3時前だったので、すぐに病院に行くことはできなかったし、救急車を呼ぶほどではなかった。だが、治らなかったし、ちょっと悪化したかも思ったので、もう一度寝てから病院に行って、診てもらった。

やはり血栓だった。長時間エコノミークラスで飛行機に座れば、たまにある病気だから、原因がわかると思う。病院で超音波検査を受けて、採血もされ、処方箋も貰った。処方箋は、鼠を殺す為の薬だった。ワーファリンという薬は、もともと鼠の毒として発明されたそうだが、薬として血栓症を防いだり治したりするので、よく出された薬だ。それに、もう安くなったので、財布にも優しい。ただし、真由喜が誤って呑まないように気をつける。

病気自体は特に酷くないと思うが、診察まで待ったし、検査には時間がかかったので、合計3時間をクリニックで過ごした。その結果、今日予定した仕事はあまりしていない。病気は不便だよね。