70億人

今日地球の総合人口が70億人になったと国連がした。もちろん、丁度今日であるかどうか分からないが、この辺りであるのは確かだ。人口が半世紀で倍増したし、今世紀末までに100億人に至ると推測される。

これはそもそも問題だと思う。人は多すぎて、環境破壊を引き起こし、大量な餓死などを招きかねないからだ。資源争いから戦争が勃発する恐れもある。だから、希望を与える減少は、先進国で出生率が下がることだ。100億人に至らずに最高位を記録する可能性さえあるそうだ。だから、少子化を歎くべきではない。むしろ、世界中に広がることを望むのは妥当だ。

しかし、少子高齢化と一緒に問題が伴うことも否めない。一つは、高齢者の割合が増えることだ。現役世代の占める総合人口の割合が縮小したら、一人の労働で二人の需要を賄うことになるので、現役の世代の負担が大きくなる。年金制度破綻問題はこの根本的な問題の症状に過ぎない。もう一つの問題は、少子化で国民が絶滅する恐れだ。一人子の傾向が続けば、八人には四人の子、その四人には二人、その二人には一人だから、四世代で人口が八分の一になってしまう。そして、最初の世代の人数を甦らせるために、最後の世代の夫婦一組に子供16人は必要だから、無理だ。つまり、人口減少が一旦始まったら、歯止めをかけるのは大変だ。

一つ目の問題は解きにくくないと私が思う。政治的には難しいが、定年退職と年金支給の年齢を70歳以上に引き上げたら、もう解決だ。要するに現役世代を拡張することだ。この政策と平行で仕事をよりやりがいがあることにしたほうがいいが、私の国民年金支給が70歳前に始まるとびっくりする。

墜落人口減少の問題はより難しい。先ずは、理想的な人口を国毎に決めなければならない。日本の場合、6000万人前後なのではないかと思うが、それが研究に全然基づかない。そして、平均寿命の更なる延長を見込んで、出生率の推移がどうなるべきを試算する。この情報に基づいて、政策を決めるべきだ。いつかから出産を促すようになるが、その為に膨大な財源は必要だ。なぜなら、先進国で子供が大きな経済的な負担になるからだ。だから、無料保育園、有給産休や育児休暇、大学卒業までの無償な教育などが必要となる。(フランスでこのような政策には効果があるようだが、まだ不十分だそうだ。)このような財源を確保する為に、年金支給年を遅らせることがさらに不可避になるだろう。もちろん、移民で人口をある程度補充してもいいが、大量な移住と深刻な問題が伴うようだから、慎重にした方がいいだろう。(複雑だが、移住に対して積極的且つ慎重な態度を取るべきだと思う。)

国連が70億人を祝うことにしたが、祝うべきか疑問を抱く。現実だから、直面して取り組むしかない。

提言をまとめる

今日川崎市外国人市民代表者会議が開催された。来年三月までの任期が終わりそうになったので、提言に向ける準備に本格的に入ることになった。

今まで複数のテーマを審議してきたが、提言に二つしか載せられない。だから、前回絞ることを始めて、今日最終的に決めることにした。前回、決める方法を定めたが、それは部会の代表者が提言にしたいテーマに票を投じて、そして一番少ないテーマを削除して、繰り返すことだった。しかし、一回したら、五つの内に四つは5票で、一つは6票だった。ちょっと話し合って、6票のテーマを提言に盛り込んで、残りの四つの間からもう一つを選ぶことにした。今回、三つは3票、一つは4票だったので、4票のテーマも選んだ。結局、提言のテーマを外国人の実態調査と年金にした。

提言をまとめる為に、会議で私たち代表者が提言に入ってほしい内容を話し合うし、事務局が内容を提言の日本語にまとめる。そして、草案を会議で読んで審議して、修正や補足を求める。最後に部会が承認する案が提言になる。オープン会議を除いて、今日を含めて4回しか残っていなかったので、今日の目標は一つのテーマの草案を作る為の材料を作り上げることだった。幸い、達した。

調査を審議して、調査の目的と形と内容を話し合った。目的は、外国人市民が向き合う深刻な問題を発掘して、実態を明らかにして、代表者会議を始め市全体のこれからの取り組みの指針になることだ。例えば、仮に外国人が住居の問題によく悩まされたら、住居問題とより真剣に取り組むことにする。

そして、調査の形だが、川崎市に住んでいる外国人の一部を無作為で選択して、調査を郵送するか、インターネット上で行うか、信憑性を保ちながらの効率的な手法をとったほうがいいと決めた。そして、理想であれば、2年に1度行ってほしいが、それは無理なのではないかと思って、理想として盛り込むだろう。

内容はもちろん重要だから、それについても話し合った。一つのテーマは、差別に遭ったことがあるかどうかだが、マイナスなことばかりにしたら、暗いアンケートになるので、最近いいことについても、例えば市内のイベントへの参加などについても聞く。そして、周りの日本人市民との話し合いはいかがか、川崎市でこのような制度が提供されるが、知っているか、生活に不便があるか、教育で問題に遭ったことがあるか、などの質問も盛り込んでほしい。問題を発掘するのは重要だが、川崎市がもう提供する大変役に立つ制度も見いだすことは重要だ。ある制度はよく使われて大人気であることが分かったら、廃止する可能性が低くなるからだ。

それから、オープン会議で提供するテーマを確認したら、年金についてちょっとだけ話し合った。脱退一時金は一番の問題だが、市政が国家に働きかけることになるので、年金に関する協定を結ぶことも促したらいいのではないかという提案があった。これは、外国に住んでいる日本人の利益にもなるので、説得力があるだろう。

普通会議の次回で調査の草案を見て、年金の草案を作ってもらえるような状態まで審議を進められたら、〆切りに間に合いそうなので、今日の会議が上手くいったと思う。

最後に、オープン会議は11月20日(日)に高津市民館で開催する。(高津市民館は、溝の口のマルイの上にある。)川崎市に住んでいる方、是非ご参加ください。

『神社らしい支援策言挙げしよう』と言われたら

今週の『神社本庁』の論説の題名は『神社らしい支援策言挙げしよう』であるが、考えさせる内容だ。主旨は、宗教団体が単に資金を被災地に提供すれば、宗教不信の広がりに資するので、宗教らしい永続できる支援策を考えるべきだ。そうすれば、「具体的提言を数多く言挙げし、また論議していく必要があらう」。この言い方が勿論神道界の諺の「言挙げせず」に因むが、それより主旨に焦点を置くべきだ。行政などが物資などを提供できるが、心の支援をするのは苦手だという。確かに、行政から「孤独感を解除するための施策」と書いてある封筒が届いても、効果を期待しないだろう。一方、宗教団体でこのような絆を強めて、将来を拓くような行為もできないか、と。具体的な例は先週の『神社新報』である宮司さんが提案した祭の記録のプロジェクトを掲げたが、これは確かにいいと思う。特に当分の間祭が行えない神社で、祭の姿を記録したら、将来に復興できるようになる。これはいい提案だと私も思う。

しかし、私が個人的にできることではない。一方、前から考えていた支援策に、この弾みで決意した。

それは、被災地に鎮座する神社へお参りして、被災地復興祈願祭を執り行ってもらうことだ。もちろん、初穂料を普通よりちょっと多めにする。これには、重複な効果が期待できると思う。

先ずは、経済的な効果がある。被災地に旅すれば、現地でお金を使うので、経済の僅かながらの刺激になる。初穂料も同じく神社の経済基盤に貢献する。

でも、それより重要なのは、実にお参りして祈願祭を依頼すれば、東京などに住む人に忘れられていないことを示して、精神的な支援にもなると期待できるのではないか。もちろん、大きなことではないが、一人でできることには厳しい制限がある。

こうするために、現地の神社が分かることが前提になる。一宮に名乗る神社は少なくないので、あそこへ参拝するつもりだ。それに、福島県に高御産霊神と神産霊神を御祭神とする安達太良神社が鎮座するので、あそこにも参拝したいと思う。しかし、参拝者が受け入れられる神社の情報を入手するのは難しいので、現地の神社庁がまとめてウェブじょうで提供したらいかがでしょうか。具体的な計画と取り組むつもりだ。

お稽古の成功

昨日私がもう一度真由喜をお稽古に連れて行った。火曜日のことに配慮して、急いで行くより、真由喜と一緒にスーパーに寄ってちょっとおやつを買って食べてからお稽古場に向かった。真由喜には特に抵抗感はなかったようだったが、一回「踊りたくない」と漏らしたので、気をつけながら行った。

ついたら、私たちの前に二人がいたが、真由喜は最初に浴衣に着替えたがらなかった。しかし、前の生徒さんの練習を見て、真似するようになったし、数分続いた。だから、踊る気が湧いてきたと判断して、着替えを促した。比較的に早く同意してくれて、前の方の練習が終わるまでに着替えて待っていた。そして、先生が「扇子を使って踊りましょうか?」と誘ったら、真由喜が積極的に踊り始めた。ただし、お稽古場には大きな鏡があるが、真由喜が鏡をずっと見るので、鏡を隠して練習させた。そして、三回してから、鏡を見ながらさせた。

真由喜は本当にご機嫌だったので、昨日は成功だった。私と一緒に見ていたもう一人の生徒さんが「覚えは早い」と言ってくれたが、忍耐力はまだまだ四歳児レベルだから、すぐに一つの踊りが上手になるとは思えないだろう。その代わりに、踊りの感覚が身近になって、ちょっと成長したら一つの踊りを身につけられるようになるのだろう。

ところで、今朝私がレッスンに出かけたら、真由喜がドアまで見送って、戒めた。「帰りで道に迷わないように気をつけてね。そして、石に躓いて転ばないように気をつけてね。石は沢山あるから。」親の目には大変可愛かった。(ちなみに気をつけた。道に迷わずに、転ばずに帰れた。)