猿田彦神社

青空を背景にして社殿の屋根と木の梢
猿田彦神社の社殿
猿田彦{さるたひこ}神社は、伊勢市に鎮座する猿田彦大神を御祭神とする神社だ。神社のチラシなどによると、猿田彦大神の本拠に鎮座する神社だそうだが、猿田彦大神は重大な神様と認めても、それにこの神社は小規模ではないと認めても、内宮の鼻先に鎮座する神社で、ちょっと神宮の影の中に潜む神社だとも言えよう。それでも、全国に広がる崇敬会があるようだし、社殿が新しく見えたので忘れられたわけはない。

参宮の時に一人で寄り道してお参りしたが、興味深い特徴は少なくなかった。些細なことから始めたら、個人情報を守るシールが貼られた絵馬は少なくなかった。初めて見たことだったが、このぐらい観光地で、目を通す人は多いと推測するので、この配慮が分かる。神様がシール越しに読めるか、記入する間に読むかと思ってもいいだろう。そして、社殿の前に八角形の石碑があって、「古殿地」と刻まれたので、社殿がちょっと奥に遷座されたことがわかる。この石の周りに玉垣が廻らされたので、まだ聖地の扱いなのようだ。神道によくある現象だが、元伊勢という神社は一番目立つ例だろう。一旦神様に接したら、完全に俗界に戻れないのようだ。

もう一つの特徴は、佐瑠女{さるめ}神社が境内社として鎮座することだ。佐瑠女神社の御祭神は、天之鈿女命{あめのうずめのみこと}で猿田彦大神の妻神だから摂社として相応しいが、社殿の形は珍しい。八角形で、覆う建物の中にある。八角形の社殿はそもそも珍しいが、弁財天{べんざいてん}堂によく見える。弁財天も天之鈿女命も芸能とかかわる神様として崇敬されたので、この共通点から社殿の形が決まったかと思った。そして、この小さな社殿を見て実感したことは、記紀神話で大きな活躍する神様なりに、天之鈿女命の神社は少なくて、小規模であることだった。天岩戸から天照大神を引き出したのは天之鈿女命なのに、人気度は意外に低いようだ。祖神とした猿女君という氏族の権力が早い時期に衰えたからだろう。

稲が生える田圃の前に紙垂が注連縄から垂らす
神田の区切りになる注連縄
そして、社殿の後ろに神田がある。他の神社にもあるが、初めてはっきり見えた。東京近辺に鎮座する神社には少ないと思うが、お米の新緑を見ると心を癒していただいた。神田の周りに注連縄が張らされたし、記憶に静寂なところだったので、見てよかった。

さいごに、ちょっと不思議なことが見つかった。社殿の横に車を祓うための駐車場があるが、大きな鳥居も立つ。しかし、境内に入る為の参道が鳥居をくぐらない。鳥居をくぐることは確かにできるが、くぐらないように導かれる。それはなぜだろう。

授与所から貰ったチラシの一つは、崇敬会の案内だったが、この神社の崇敬会は特に活発であるようだ。そして、ある金額でどのように神社の神事に参加できるかははっきりチラシに書いてあった。(参加すると言えば、提灯の奉納などの意味だ。特に自分で参列できない人の為の案内だっただろう。)このようにはっきり言えば、一方神社の活動に参加することが気楽になるが、他方でちょっと商売のような雰囲気が付く。どうしたらいいか、私に分からないが、はっきりする方法も曖昧する方法も一概に悪いとは言えないのは確かだ。