今日をとても忙しい日だと思ったが、帰ったらレッスンのキャンセルが入っていたので、ちょっと余裕ができた。ちょっと呆然としたが、時間を無駄にしないように投稿を書くことにした。
今朝國學院大學のオーペンカレッジの講義が開かれ、課題は
ところで、「和学」は、明治時代まで「国学」より一般的に使用されたそうだが、松本先生によると國學院大學の創設によって「国学」が使われるようになった可能性があるそうだ。ようするに、大学は学問の名前を取ったではなく、学問が大学の名前を取ったということだ。本当にそうだったらちょっと面白い。
さて、『国意考』の内容については本題だった。契機は、儒学社の
真淵の反発は強かったが、公刊しなかった。著者の没後、弟子によって出版されたというが、それは儒学に拠る幕府の批判を免れるためだっただろう。
真淵が質問をした。儒学が国の治安を保護すれば、中国の歴史を見たら、ずっと平穏だった筈だと主張して、周知の中国史を語って、そうではなかった事実を強調した。それに、日本の史書を見たら、儒教が輸入する前に神武天皇が一旦朝廷を固めたら、争乱はなかったとも述べた。しかし、儒教が入ったら、壬申の乱を始め、沢山の内乱などが起こったと指摘した。だから、「儒の道こそ、其国をみだすのみ」と結論つけた。
それに対して、古代日本には「道」はなかったことを認めた。ただし、それをいいこととして讃えた。きめ細かい「道」があれば、人の心が乱れるといい、むしろ「
総括すれば、
次回のテーマは、本居宣長の書籍なのではないかと思うが、講座全体のレジュメをどこかにおいてしまったので、詳しく分からない。それでも、楽しみにしている。