今、土曜日のレッスンのために生徒さんと一緒に『Whole Earth Discipline』という本を読んでいる。大変考えさせる本で、常識とちょっと違う提案もあるので、お勧めだ。和訳があるようだから、リンクは和訳へ。本の主旨は、文明は気候変化で危ういので、対策するべきことはこの通りだ、と。(地球温暖化より気候変化のほうが妥当と言われるが、なぜかというと、冷えるところもあるかもしれないし、降水の変化なども温度の変化より重大な影響を与えるからだ。)地球や生命自体は危うくない。数千万年前に最悪の場合の予想された平均温度があったので、地球は平気だ。絶滅する動植物は多いはずだが、生命自体が途絶えるわけはない。実は、人類が生き残ると私が思うが、文明は別だ。食物の量が激減するし、嵐や台風や洪水などの災害が激増する見込みだから、食糧などを確保する為の戦争が勃発する可能性は高いし、命を保てる人間の人数が10億人程度に止まる可能性も高いそうだ。現在の地球の総合人口は70億人だから、60億人の餓死などを予想することだ。このぐらいの危機で、文明が無くなることは歴史の教訓だ。だから、急務は文明を救うことだ。そうすれば、人間が大勢で死ぬ必要はないが、文明が崩壊すれば、人間を救う道はない。
背景にある科学の成果は確実だ。詳細には誤りがある可能性は勿論あるが、予想より酷い可能性が甘い予想と均衡するので、何かするべきだと痛感する。
でも、明らかなのは、個人としてできることには何も影響力はない。勿論節電に努めるし、お肉の消費を減らそうともするし、車も使用しないが、70億人の内の一人か三人の行動で文明が救われる筈はない。しかし、何もしないわけにはいかないと感じる。残っている選択肢は、政治への参加しかない。政治家になるか、運動家で政治家を左右するか。
しかし、ここで三つの問題が浮上する。一つは、日本に住んでいるが、日本国籍を持たないので、政治に関与できない。確かに、これを解消する為に帰化する手段があるので、帰化を申請してもいい。時間がかかるが、明日から活動が始まれるはずはないし、準備も必要だから、時間は問題ではない。それに、帰化させてもらえない可能性にも留意しなければならない。
もう一つの問題は、民主主義の政治活動は、人と接したり、講演したり、路上で自分をアピールすることが必要不可欠だが、正確的に私に合わないと思う。ブログや他の書籍で意見を論じて、政治家に影響を与えたほうが好ましいだろうが、そうする人はもう多くいるので、貢献するかは疑わしい。
最後の大きな問題は、この責任感が野望の大義名分に過ぎないだろうという疑問だ。権力を集める為にあらゆる建前を使う人を、歴史によく見える。このように感じないが、自分を騙すことも少なくない。
だから、今のところこのような責任感があるが、どうするべきかはまだ分からない。これから検討して考える。