国際競争と経済成長

今日話題になったのは、日本の製造業が東アジア、特に中国と競争できなくなったことで、日本の産業が空洞されてしまうことだ。基本的な理由は、中国などの国での賃金は安いので、人件費を抑えてより低コストで物を作る事ができることだ。

短期で、日本の企業ができる事は、日本の製造の技術を高めて、他の国で作れない物を作成することだけだろう。しかし、日本の企業が外国へ進出できれば、経営面から見たら、人件費の安い国で工場を設置して、外国で生産して、日本へ輸入する方針のほうが有利だ。だから、この戦略から効果が期待できる場合は、中小企業に限るだろう。日本から進出できない規模の企業なら、日本国内で技法の基で競争力を高めるかもしれない。

しかし、長期的に考えれば、効果的な手法がある。それは、隣国の経済成長をなるべく早く促進する事だ。因果関係はおそらく明らかだろう。中国などの経済が拡大したら、平均賃金も上昇するので、中国と日本の間の人件費差が縮むし、日本にある工場の競争力が自動的に向上する。それに、経済が膨大になったら、需要も高まるので、日本で発明され開発された商品を大量で輸出できるようになる。そして、中国やベトナムの国民の生活がより豊かになったら、或る程度まで幸せで安心になる。それ自体はいいことだが、日本の自己利益から考えたら、満足した安心感のある人が、周りの人や国を襲う動機が少なくなることも指摘すべきだろう。

だから、日本の国益を守る為に、中国の経済成長に貢献するべきだ。なんか案外が結論だが、経済の競争は、武力の競争と違う。相手が強くなればなるほど、自分も強くなる。

ただし、対等な経済関係が設立されるときに日本にはまだ製造業があるように図る必要があるね。

真由喜の交渉

昨日の夕方、感謝することをする時間になった。最近、上から布団に落とされる遊びが真由喜のマイブームになったので、そうしたかったが、私が感謝することを強調した。(真由喜がお風呂に入るところだったし、生徒さんが来るところもだった。)そうすれば、真由喜が提案した。

「感謝することの前に、二回。後で、三回。いい?」

合意したら、二回落としたら潔く感謝することをしてくれた。そして、後で四回を求めたが、それも認めてしたら、お風呂に行った。今朝も、幼稚園に行く前に回数の交渉をして、ちょっと一緒に遊んだ。

本当に嬉しかった。この対応をずっと目指したからだ。真由喜が自発的に妥協案を掲げたら、やってほしいこともやりたいこともスムーズにできるようになる。そして、私たちの子育ても楽になる。

折口信夫{おりくちしのぶ}の『大嘗祭の本義』〜神道を知る講座VII第10回

今日、國學院大學のオープンカレッジの神道を知る講座が今年度の最終回を迎えた。最終回の講師は岡田先生で、課題は折口信夫の『大嘗祭の本義』だった。折口氏が大正の大嘗祭と時と昭和の大嘗祭の時に大嘗祭を考えたそうだが、平成の大嘗祭の時に岡田先生も同じテーマを考えて、折口氏の結論を批判した。折口氏は國學院大學で重要な存在で、当時折口氏の弟子が現役の教授は多かったそうだ。だから、岡田先生の批判が取り上げられ、大きな話題になったそうだ。9月に出版された『天皇の歴史9 天皇と宗教』という本の中で、折口氏の説から岡田先生の説まで説明して、結局岡田先生の説に納得する。この説は、数年前に大嘗祭についての論争の講義で紹介されたので、紹介してから他の気づいたことについて語りたいと思う。

大嘗祭は、ご存知の通り、天皇陛下の即位祭だ。中世に一時停止になったが、持統天皇の御代から一代一度行われてきた。「大嘗宮」という大きなお宮を作って、二つの本殿の中で天皇陛下が御自ら祭を執り行われる。しかし、これは秘儀だ。原則として、天皇陛下がお一人で本殿にお入り、祭祀を執り行われる。だから、論争は祭祀の内容についてだ。大嘗祭の本殿の特徴は、真ん中には寝具が敷かれることだ。この寝具が祭祀に大きな役割を担う説は、折口氏の説だ。

日本書紀の一書には、天孫降臨の時ニニギの命がマトコオフスマに包まれたと言われる。折口氏によると、大嘗祭で皇太子がこの神話に因んで寝具の中に籠って、天津神の魂を受けることを待ったそうだ。寝具から出たら、本格的に天皇になられた。岡田先生の反対論の根拠は簡単だ。歴史的な証明はないことだ。むしろ、折口氏が死んでから公開された宮内庁の書籍には、平安時代の大嘗祭の詳しい描写があるが、あのとき寝具に触ることさえなかったそうだ。他の記録によると、神饌を供えるのは大嘗祭の一番重要な祭祀だったそうだ。要するに、説得力のある説だが、検証されていない。

これに対して、そうであれば大嘗祭は素朴な祭になると言う人もいるが、柳田國男もその一人だそうだ。しかし、私が賛成できない。それほど立派な宮を祭の為に作って、そして祭が終わったら壊したら、素朴な祭ではない。実は、折口氏のマレビト論を取り入れたら、神道の神様が遠いところから祭に旅した概念から大嘗祭の設定を説明できるのではないか。だから、素朴さを訴えて岡田先生の仮説に反論することは無力だと思う。

一つの興味深い点は、折口氏の書籍の冒頭に天皇への忠実を強調するところがあったことは、岡田先生が紹介した。昭和初期には、学論には危険があったからだと解いてくれた。今は、神社界の人に怒られても、それほどではないと言ったので、状況が本当に変わったと述べた。しかしながら、自分の講義を始める前に、岡田先生が折口氏の学問の高さを讃えて、折口氏に対する尊敬を強調した。折口氏の序文とあまり変わらなかったと言えよう。やはり、招く結果が変わるとしても、どの時代でも誤解されると不味いことがあるようだね。幸い、岡田先生が拘束される恐れはもうない。

もう一つは、岡田先生が折口氏の直感と発想を尊敬したのに、検証はないことを歎いたことだった。自分の研究方針について、折口氏の発想を見ながら自分の発想や直感に基づいて検証すると言ってくれた。これについて、ちょっと疑問を抱いた。哲学的な神道観念を発想すれば、直感や発想は充分だろい。内容を見て、本質を計ることはできるからだ。しかし、歴史的な事実について言おうとしたら、これは不十分だ。過去の人が実にどうしたかは焦点だからだ。その場合、検証するのは一番重要だ。

しかし、神道の場合問題がある。「言挙げせぬ」という表現を唱えて、神道が祭祀などの内容を記録していないことだ。過去の祭祀の内容を検証するのは極めて難しくなる。考古学で祭具や遺構が分かるが、祭祀の作法が分からない。或る程度推測できる場合もあるとしても、証明は固くない。残された記録も参考にできる。祭祀の指導はもちろん一番だが、屏風などの美術品や物語などの文学作品も役に立つ。そして、現存する祭祀を科学の手法を活かして比較すれば、形の進化を推測することも可能だ。特に、有数な神社ではない神社の場合、このような間接的な証拠しかないだろう。ちょっとやりたい研究だが、やはり現在の神道を研究して記録に残すべきだよね。少なくとも今の状況が後代に伝わる。

講義の最後に、来年度のテーマを紹介してくれた。平成25年には出雲大社の60年に一度の遷宮が終わるし、伊勢の神宮の20年に一度の遷宮も終わる。だから、来年度「伊勢と出雲の遷宮学」を課題とするそうだ。本当に楽しみにしているので、受講する時間があるように祈って止まない。

真由喜の帰宅

週末にゆり子と真由喜がゆり子の実家へ遊びにいってきた。楽しかったそうだが、帰ったら真由喜には家がいいことがよく分かった。

先ず、駅まで迎えに行ったが、真由喜が改札口から走り出して、私の抱っこに飛び込んだ。それから、近所のラーメン屋さんで食べてから、帰り道で私と一緒の肩車、抱っこ、歩き遊びを頻繁に変えて進んだ。帰ったら、私と沢山遊んで、そしてお風呂に入って、好きな『お猿のジョージ』を見て、そして最後にベッドで絵本を読んでもらった。もう十時過ぎてしまったが、真由喜の希望が分かったと思う。

旅行中できなかったことを、一気にしようとした。順番にも迷ったようだ。最初は、ビデオを先にしようとしたが、切り替えて、遊びを先にした。そして、遊びでスタンプの遊びをしたら、トトロランドへの電車ごっこにした。電車には咳があったので、電車のお医者さんになって、やっとトトロランドに辿り着いて、お風呂に入った。楽しかったが、もう少し早く寝てほしかったね。今朝、真由喜はやはり疲れていた。幼稚園に行ったが、ちょっと睡眠不足だった。今日早めに寝てくれるかな。

一方、私が日曜日に休めて、昨日仕事ができたので、私にとってもいい週末だった。