『LADY〜最後の犯罪プロファイル~』

このテレビドラマは、北川景子さんが主演した一月から三月まで放送されたドラマだった。それでも、昨日最後まで見えた。ファンの失格だが、これまで忙しかったので、できなかった。そして、リビングにあるテレビで見ることになるし、真由喜が見るべきドラマでもないし、ゆり子が放送中に見ていたので一緒に見ることもできなかった。だから機会を見つけるのは難しかった。

では、やっと見えたので、感想はどうだろう。

北川さんの演技は上手かったのはもういうまでもないだろう。デビュから8年間で、もう当たり前だよね。素人の私でも批判できるレベルを遥かに超えたので、ドラマの内容に集中する。その面で、ある意味素人ではないし。

先ずは、北川さんのキャラクターの高校時代を演じるには、別な女優を雇ったが、スタイリングが北川さんの10代の写真に倣ったと思う。そのようなスタイルを見たことがある。酷似とは言えなかったが、信じなくはない。運がよければ、コメディではない限りパラダイスキスは本当に最後の女子高生役になる。そう祈って止まない。(もう25歳だよ。無理がある。大学生はまだできるけれども。)

そして、ストーリの内容だ。刑事物だから、ちょっと私の好みではない。特に殺人ばかりで、可哀想に思うしかなかった。ただし、心理学プロファイリングが主なテーマだったので、被害者より加害者が焦点となったので、加害者を可哀想に見えるようになった。子供のころの悲劇や子供を襲った悲劇などがあって、苦しんだ人ばかりだった。確かに北川さんが演じる香月の家族で被害者の遺族も苦しむことがよく描かれたが、結局ドラマのほぼ最後の台詞で言ったことはメッセージだっただろう。「殺すことでだれも幸せにならない。」賛成する。脚本家の目的は、殺害が悲劇にしかならないことを描くことだったとしたら、大成功だと思う。私はそもそも死刑に反対するが、このドラマで改めて痛感した。

全面的に考えたら、悪くなかった。でも、DVDを買うかどうかは、まだ決まっていない。またファン失格だよなぁ。

環太平洋経済連携協定

昨日、野田首相が環太平洋経済連携協定の交渉に参加することを表明した。この決断に反対する人も少なくないし、慎重にする人も多いそうだし、私は慎重派にいる。理由はいくつかある。

先ず、環太平洋経済連携協定が貿易に刺激になって、国内総生産を向上するとしても、それは必ずしもいいとは限らない。ブログで何回も言ったが、国内総生産を唯一の重要な数値にすることはよくない。評価する為に、全面的に考える必要がある。その点で、農業への影響、そして医療への影響、金融への影響も考えざるを得ない。格差が広がれば、国内総生産が上がっても国益に背くこともある。

そして、あらゆる業界で「自由」を保障することは、政府の関与を拒むことだ。しかし、市場の動きで、政府が制約したり促進したりする必要がある場合は少なくない。現在の経済危機を見たら、それは明らかだ。政府が関与しなかったら、銀行の大半が倒産して、大恐慌になったそうだ。普通の場合でも、労働基準法などは労働者を守る為に必要だ。協定でこのような干渉を認めながら自由を保障することは不可なのではないかと思う。なぜなら、法律で制約してもいいところを明記にすれば、業界の全てに及ぶからだ。行政が必要な権利を悪用すれば、弾圧になるが、経済も例外ではない。

最後に、完全に自由な状態で、弱肉強食になる。これはよくないと私が思う。だから、市場の自由度を増す協定に慎重になることは当たり前だろう。

一方、自由主義者で、そして国際的な貿易はいいのは原則だと思うので、反対派だとは言えない。だから慎重派だち名乗る。交渉に参加してもいいだろうが、結局締結するかどうかはまだ決まっていない条件を設けるべきだ。

『祝詞作文』

この本は稲村眞里という神職に著され、神社新報社に出版された神職の養成講座用の祝詞作文の教科書だ。今読んでいる理由は、勿論私のご祈祷の為の祝詞を作成する為だ。前に読んだのは、もう3年位前だから、内容をちゃんと覚えていない。教科書だから、内容の殆どは実践用の方法や応用の情報だが、二つの点を取り上げたいと思う。

一つは、祝詞の慣用句の「手のまがい、足のまがい」を改めて知った。真由喜の日本舞踊開始報告祭の祝詞のなかで、この表現は使われたが、そのとき慣用句であることに気づかずに「手の間違い、足の間違い」として聞き取った。だから、現代語を使って祝詞風な表現を組み立てたと思ってしまった。やはり、知識を深めると見えることも聞こえることも増える。正式参拝に参列したら、いつも祝詞の内容を聞こうとするが、まだまだ知識が足りないようだ。まぁ、だからこそ今勉強しているよね。

もう一つは、表記のことだった。作者が祝詞の表記方法を宣命書きとしたが、それは漢字の万葉仮名を使って、仮名をちょっと右に寄せて小さく書く表記法だ。だが、これで漢字などの読み方に迷うことがあるので、ルビを振ることもある。その場合、厳粛味が劣ると言ったが、仕方がないとも認めた。最低限に抑えるために、片仮名の使用を勧める。その理由として、片仮名には宗教的で古典的な気持ちが入ると言った。本が著された昭和31年にはそうだったかもしれないが、現在片仮名には外来語、特に英語から借りた語彙の印象を与えるので、私なら祝詞に片仮名のルビを振るのはよくないと思わざるを得ない。環境が変わったので、適切な行為も変わったと言えよう。

さて、実用の本として、役に立ちそうだ。これから作成と挑戦するので、本当に役に立つかどうか、すぐに体験する。

時間の記念

今は11年11月11日11時11分だ。だから投稿する。(実は、レッスン中だから、前もって用意した。)

こうするブロガーは少ないと思うので、wordpress.comやbloggerなどにシステム障害が発生するだろう。私のブログは独立されているので、問題はないと思うが、11秒まで保障できないと思うので、目指さない方がいいだろう。

では、内容はない投稿だ。仕事はまだ忙しいので、仕事にこの時間を使わせていただく。