就職祈願

今日、日本論理検定協会の仕事が正式に始まる。それに当たって、白幡八幡大神でご祈祷を執り行ってもらった。月曜日に書いたように、今日の祝詞は、私が書いた祝詞だった。それでも、ご祈祷がいつものように始まった。お祓いの後で、神職が台に上がって、神前で祝詞を奏上した。祝詞奏上の間に、集中して、どうやって訂正されたかを聞こうとしたが、変化は大きくなかった。後日にいただけるそうだから、その時に詳細を見る。それは学ぶ方法だよね。そして、私に玉串を渡したので、私が玉串拝礼を行った。

それで終わると思ったが、神職が「台に上がって、報告してください」と言った。文字通り慎みながら台に上がったが、神前に正座したら、二回深くを礼をして考え始めた。私が、祝詞でこの報告の役割を済ませるつもりだったと思ったので、追加の報告を用意していなかったからだった。ちょっと考えたら、つい祝詞の形に則って、願いや目標を伝えようとしたが、あまり上手く行かなかっただろう。言いたいことが言えたので、大丈夫だったが、視聴者はなかったことは有難い。神様の寛容に拠るしかない。

祭祀が終わったら、控え室で神職とちょっと話し合って、祭詞の例文を一緒に見たり、私の祝詞の内容や言葉について話したりした。これも、勉強になった。

よく考えたら、神職に必要な能力は多種多様だ。祝詞作文もあるが、宗教法人の代表責任者になるので、事務の雑用も重要だ。掃除は勿論、紙垂の作成も必要になるし、祭祀で作法にきちんと従う手振り身振りも不可欠だ。そして、宗教者だから、人が問題を持ち運ぶそうだから、心理学なども必要だ。収入が能力に至らないと思わざるを得ない。