福島第一原子力発電所の自己の原因

今朝のNHKニュースで、東京電力の福島第一原子力発電所の事故についての自己調査の中間報告で一号機の冷却装置が津波直後に停止されたのに、幹部などがまだ動いていると誤って認識したことが報道された。事故の拡大の原因の一つとしてより詳しく調べる方針だそうだ。

確かにいい影響を与えなかったようだが、私はこのような態度に同意できない。このようなことを調べることは、自己の「原因」を特定するためで、そして責任者を特定したり、再発防止策を定める為だと思う。しかし、この目標に役に立たないと私が強調したいのだ。

自己の原因は予想外の津波だった。それほどの天災があったら、慌てて対応しようとする人間が完璧にする可能性はゼロだ。IAEAの調査結果は、現場の対応はよかったということだったが、過失などはないようだ。実にあった誤りは偶然だと言えるが、何かの誤りがあるのは確実だ。だから、今回の誤りを原因とするのはただのいじめに過ぎない。そのような誤りを不正でも、次回別な誤りが起こるに違いないので、事故防止と繋がらない。再発防止策を構えるために、地震と津波が起きる前の状況を見て、津波があっても危機にならないように工夫するしかないのだ。なぜなら、危機に陥ったら、人間が謝るのは確実だからだ。ミスから原因を得る大事故を避ける為に、人間に落ち着いた状況を与える必要がある。そうすれば、効果のある工夫がある。

だから、必要な対策は、30メートルを超える津波に襲われても平気である原子力発電所を構造することだ。

もちろん、詳細を調べたら、無駄ではない。水位計器には不具合があったそうだから、地震や津波があっても平常通り動く水位計器を作るためのヒントを得られれば、役に立つ。この小さい問題を避けやすくすれば、危機の災害への展開を免れる可能性を増す。しかし、頼りにならない。そのような措置に頼る状態に陥ったらもう遅い。

特に、命をかけて現場で自己を最低限に抑えようとした人を東電の幹部の形代にするべきではない。