11月21日日付の『神社新報』で賛成する論説が載っているので、ここでその一部を紹介する。
神社界が当然神棚奉斎を促進する。神棚奉斎といえば、家庭で神棚を設けて、その前で拝礼することだが、神道の実践の重要な一部だ。家で、感謝することの儀式は神棚奉斎に当たる。神棚奉斎には専用の神棚があるといいが、必要ではない。特に現在の住居で伝統的な神棚を設ける空間はないケースは多い。(私たちは、今和室に設けたが、引越す前に本棚の上を神棚の代行にした。)必要不可欠なのは、御札だ。それはないと、神棚には神はいない。
神社本庁が特に促進することは、神宮大麻頒布だ。神宮大麻というのは、麻薬と無関係で、伊勢の神宮の内宮の御札の呼称だ。この神宮大麻を神棚で奉斎することを普及して、神宮大麻の頒布された体数を増やす為の工夫を凝らす。
この論説で注意された点は、その運動の中で氏神の御札の重要性が忘れられてしまうことだ。神宮大麻に集中して、氏神の御札と一緒に奉斎するべきであることを見逃すことがあるという。神社本庁が発行するチラシなどには、必ず「氏神の御札」にも触れると思うが、都道府県の神社庁で作成されたチラシなどにはそうしない例もあるだろう。それはそれで、私もこの点について気をつけるべきだと思う。
神道を信奉すれば、自分の居住の氏神を崇めるべきだと述べたい。神道は中央に集中する宗教ではなく、地域によって特徴を沢山持つ宗教だから、自分の住む場所の神道と接するべきだ。それに、伊勢の神宮は大きくて遠いので、個人的な繫がりを感じるのは難しいが、気軽に参拝できる氏神様なら、すぐに深い関係を実感するようになる。さらに、氏神の祭祀などに参列すれば、神職や他の氏子との絆も強まる。そして、もう一つがある。遠くない有数な神社を選んで関係を建ててもいいが、自由に選べない神社、即ち氏神様との関係を築くことも大事だと言いたい。なぜなら、自由に選べば接しない人との関係が発生して、人間関係が広くて深くなるし、多種多様にもなる。宗教的な側面から見れば、自分の居住を見守る氏神様を崇めたほうがいいとも言える。
だから、神道的な生活や活動を期待すれば、氏神様との繋がりを忘れてはならないのではないか。私がそう思うので、この論説に賛成する。