『神まつりの姿』

先週の『神社新報』に國學院大學の加瀬先生が書いた古代の神祭の姿についてのコラムが載った。古代の祭の真相を明らかにする難しさを協商してから、『日本後紀』の中に記録される祭祀を紹介する。それは、平安初期に桓武天皇の病気平癒のために執り行われた祭祀だが、或る意味で素朴な祭詞だったが、天皇のお命と関わることで、本当に重要な要素に絞ったと考えても差し支えないかと推測する。それは三点になるそうだ。

一つは、供物が絞られても、必ず奉るし、供物の中心はお米だという。もう一つは、神からの託宣を得ながら祭祀を行うそうだ。三点目は、夜通し行ったことだそうだ。八世紀末の時点で、この三つは神祭の必要不可欠の要素だったという持論だ。

現在と比べたら、一つしか残っていない。供物の中心はまだお米だが、託宣も夜間の祭もほぼ消えてしまった。伝統を重視する神道の立場から見れば、どう対応したらいいのだろう。特に神道には一時停止された伝統を復活する例は少なくない。伊勢の神宮の式年遷宮もその例だが、大嘗祭を始め数多くある。だから、復活した方がいいのではないかと思えるだろう。

夜間の祭は、まだあちこちある。賀茂祭には夜間の祭もあるし、式年遷宮にもあるし、高千穂神楽もたしか夜間の神楽だ。だから、積極的に推進すれば、この要素を復活させることができる。ただし、神職の負担が多くなるし、氏子や崇敬者が参加できなくなるので、問題も伴う。宵宮のような祭の準備に相当する祭は夜に執り行ってもいいが、本祭を夜に執り行うことは難しいだろう。

一方、託宣の問題はより深刻だ。託宣を期待できるかについて疑問を抱える人は神道界にも少なくないだろう。私はその一人だ。託宣はなかったら、祭の要素にする意味はない。これで、伝統だから活かすべきだという考え方を否定したいのだ。伝統は必ずしもいいことであるとは限らない。誤りに基づいた伝統もあるし、人を強制的に苦しめる伝統もあるので、排除すべき伝統もあると述べたい。神託は幻想だったと判断すれば、神託を祭祀から削除するべきなのではないか。一方、仮に神託の存在を保証できれば、祭祀に組み込むべきであることは言うまでもない。

結局、浮き彫りになるのは、現在の祭祀の姿が古代まで遡らないことだ。だから、少なくとも現存の祭祀の姿を変化する場合、「伝統的ではない」という批判を慎むべきだろう。


投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ: