2011年を顧みる

大晦日になったので、この一年間を顧みる。普段なら、もう大丈夫だと思うが、今年なら残る14時間に何か大きな出来事が起こりうるので、ちょっと慎重に書く。

目立つことは二つだろう。

一つは、東日本大震災である。幸い、家への直接の影響は少なかったが、日本に住めば間接的な影響は勿論多かった。先ずは、被災者のことを思えば、心が痛むし、被災地の状況を見れば、示唆された個人的な悲惨が思い浮かぶ。どのように手伝えるかと思ったら、できることは僅かだったが、今年の旅行計画を一変した。宮城県の塩竈市、福島県の会津若松と猪苗代湖、そして岩手県の平泉と猊鼻渓を訪れて、お金を使って、そして知り合いに同じような旅を促すことで、私ができることがもう終わったような気がした。しかし、旅行は本当に楽しかったので、来年も東北に旅するつもりだ。

もう一つは、個人レベルで止まるが、日本論理検定協会に勤め始めたことだ。オフィスでもう一ヶ月働いてきたが、どんどん慣れてきている。仕事の量は多いし、朝の満員電車もいやだから、早めにオフィスに着くようにしているが、そのお蔭で本当に仕事が沢山できる。内容も興味深くて価値があることなので、これからも頑張れそうだ。来年どうなるか、全く分からない。成功になると信じるが、それはいつか分からない。生活がまた急に変わる可能性は充分ある。

それ以外、真由喜が成長して、幼稚園に入園したし、日本舞踊のお稽古も始めた。両方を楽しんでいるようだし、真由喜の性格がどんどんはっきり来ている。特に、真由喜が辛抱することも、妥協することもできるようになったし、基本的にいい子になったので、将来は本当に楽しみだ。

ゆり子の仕事がまだ上手くいっているようだし、お互いに持ちつ持たれつ家を支えてきた。感謝するばかりだ。

私の仕事で、英語のレッスンも順調に進んできた。日本論理検定協会の仕事が始まったら曜日や時間を変える必要が生じたら、止める生徒さんは一人もいなかった。そのお蔭で忙しくなったが、本当に有難い現象だ。編集と執筆も、規模が自然に縮小したが、まだ続いている。他の仕事が上手くいったら、やはりどこかで削減しなければならない。読書も削られてしまったが、最低限を保護する方法を見つけたと思うので、来年続ける予定だ。研究の時間が本当に無くなっているが、それは暫くの間仕方はないかな。

今年の他の楽しいことを考えれば、夏にイギリスへ遊びに行ったことは忘れてはならない。勿論母と会えたし、11歳からの友達とも会えたし、真由喜が彼の息子と楽しそうに遊べた。そして、イギリスにいる真由喜が英語を使い始めた。英語への抵抗感がちょっと和らいできたと思えるだろう。

そして、先月のことだが、白幡八幡大神で自分で祝詞を作成してご祈祷を捧げることが許された。それも大変いい経験だった。

今年には大きな悲劇があったが、家には悪くなかった。ただし、来年はもう少し穏やかになるといい。

「2011年を顧みる」への2件のフィードバック

  1. チャートさんの一年を振り返られてという記事楽しく読ませていただきました。

    東北のために、と旅されたことはとても意義あることだと思います。私もスイスよりこの秋里帰りし山形県を訪れお金を使いそして地元の食事を頂き、生活の様子を見たりやさしい人たちと交流し心温まる滞在を経験することができました。

    震災以降、被災地のこと、原発事故のことばかり日々考えていたらあっという間に2011年が終わろうとしています。どうぞこれからもブログを楽しみにしています。そしてデイビットさんとご家族にとって2012年がさらに幸多き年になりますようお祈り申し上げます。

  2. @Linden様、明けましておめでとうございます。コメントをありがとうございます。

    旅には僅かながらもの効果があればと思いますが、勝手な思いではないと言われたら心強いです。

    Linden様も、今年が多幸になりますように。拙ブログもよろしくお願いします。

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