家柄の出世

家柄の出世は、一番伝統的だろう。皇位を始め、地位が子供に継がれることは多い。将軍家もそうだし、千家の家元もそうだし、多くの神社もそうだ。普通の会社でも、創業家の権力は大きいところもある。しかし、現在の社会に相応しくないとよく言われる、廃止しようとする人も少なくない。その理由として、不公平だとか、能力が遺伝子と一緒に伝わらない場合は多いなどと訴えられる。

確かに国の元帥を家柄で選ぶのは良くないと思う。実権が握れば、国民のために実力で選任するべきだ。しかし、象徴であれば、この方法でもいいのではないか。

公平と不公平を区別するのは非常に難しいが、私の意見は、家柄の出世を禁じるこそは不公平だと思う。能力の運しか効かなければ、他の運を得た人に不公平だからだ。そして、能力の問題で、能力が続かないからこそこの出世への道を保つべきだ、と私が強調したいのだ。家柄が能力といつも伴ったら、別な出世の道にならないからだ。

もちろん、落とし穴がある。跡継ぎが何をしても出世すると思ったら、反社会的な行為まで犯す恐れがある。しかし、何の出世の道でも同じだ。資格を持つ自信がある人は、心配せずに勝手に振る舞う。このような問題を社会の他の構成で改善するべきだと思う。

そして、その問題の反面として、家柄の出世が認められたら、自分の努力で子孫の位を確保できるので、将来を考えさせる効果もある。社会に貢献する傾向を促進して、社会に反する傾向を抑制したら、いいのではないか。

ただし、ある分野を家柄の資格に占められないように気をつけなければならない。神社の宮司にせよ、茶の湯の家元にせよ、能力を持つ家柄のない人も頂点に至れる制度は必要だ。分野によって、継続で頂点に至る可能性もある。宝くじも可能だし。原則は、他の人の利益に触れなければ、複数の道を設けることだ。