能力の出世

能力の出世は現在の常識だ。何故能力のある人を出世させるべきか説明する必要はないだろう。しかし、他の道とちょっと異なる点があるので、ここでそれについてちょっと語りたいと思う。

それは、能力のある人は、仕事ができることだ。難しい仕事もできるし、仕事はそんなに難しくなければ、効率よくできるし、良質な成果を挙げることもできる。どの組織でも、能力がある人が率いれば成功するので、組織が自分の利益をしっかり考えれば、能力を持つ人を出世したくなるだろう。特に、他の人の職場作りや生活維持を担当する人には能力は必要不可欠だ。だから、人間が行う制度が失敗することを認めながら、少なくとも充分な能力を持つ人を目指す制度を設けるべきだ。つまり、大きな組織で権力者を家柄や継続や宝くじで選ぶべきではない。

国家はまさしくそうだ。首相や某大臣には能力はなかったら、国がどのような状態に陥るか、日本人こそが分かるだろう。でも、会社もそうだ。だから、会社の会長が創業家に受け継がれたら、権力を持つ代表取締役を能力で選んだほうがいい。能力は、持ち主にだけではなく、周りの人にも必要だ。出世に一本の道しかない状態は良くないが、あえてそうすれば、能力で出世する道を保護するべきだと思う。だから、道を複数にしようとする行動で、能力で出世できるようにいつも気をつけなければならない。

家柄の出世

家柄の出世は、一番伝統的だろう。皇位を始め、地位が子供に継がれることは多い。将軍家もそうだし、千家の家元もそうだし、多くの神社もそうだ。普通の会社でも、創業家の権力は大きいところもある。しかし、現在の社会に相応しくないとよく言われる、廃止しようとする人も少なくない。その理由として、不公平だとか、能力が遺伝子と一緒に伝わらない場合は多いなどと訴えられる。

確かに国の元帥を家柄で選ぶのは良くないと思う。実権が握れば、国民のために実力で選任するべきだ。しかし、象徴であれば、この方法でもいいのではないか。

公平と不公平を区別するのは非常に難しいが、私の意見は、家柄の出世を禁じるこそは不公平だと思う。能力の運しか効かなければ、他の運を得た人に不公平だからだ。そして、能力の問題で、能力が続かないからこそこの出世への道を保つべきだ、と私が強調したいのだ。家柄が能力といつも伴ったら、別な出世の道にならないからだ。

もちろん、落とし穴がある。跡継ぎが何をしても出世すると思ったら、反社会的な行為まで犯す恐れがある。しかし、何の出世の道でも同じだ。資格を持つ自信がある人は、心配せずに勝手に振る舞う。このような問題を社会の他の構成で改善するべきだと思う。

そして、その問題の反面として、家柄の出世が認められたら、自分の努力で子孫の位を確保できるので、将来を考えさせる効果もある。社会に貢献する傾向を促進して、社会に反する傾向を抑制したら、いいのではないか。

ただし、ある分野を家柄の資格に占められないように気をつけなければならない。神社の宮司にせよ、茶の湯の家元にせよ、能力を持つ家柄のない人も頂点に至れる制度は必要だ。分野によって、継続で頂点に至る可能性もある。宝くじも可能だし。原則は、他の人の利益に触れなければ、複数の道を設けることだ。

明けましておめでとうございます

社殿の前に人が深夜に並ぶ明けましておめでとうございます。只今、白幡八幡大神への初詣から帰ってきた。今年も、一人で行くことになった。深夜まで起きてもいいと言われた真由喜は大喜びだったが、結局11時前に寝てしまった。紅白歌合戦を楽しく見たが、嵐が『お嬢様』の最後の曲を歌ってくれたら、もう満足になってソファでテレビを見ながら寝た。だから、ゆり子が真由喜を見て、私が神社へお参りした。それほど寒くなかったし、穏やかな天気だったので、気持ちよくお参りしてきた。神社の方と新年挨拶を交して、今年の新しいお札も授かった。早速神棚に納めた。これも家の恒例の行事になっているので、来年真由喜が一緒にお参りしてくれるといいね。

今年は、皆様に良いお年になりますように祈って止みません。拙ブログを続けるつもりですから、今年もよろしくお願いします。