日枝神社

コンクリートの鳥居去年の10月10日に東京十社巡りの神社の巡拝した。翌日に全体像について投稿したが、神社を一つずつ紹介したいと思う。出発点を日枝神社{ひえじんじゃ}にした。先ず、家から交通は便利だし、そして大きな神社だから、すぐに東京十社巡りの専用の御朱印帳を授与できると思った。その通りだった。日枝神社の御朱印がもう載っている御朱印帳をすぐにもらえた。この御朱印帳には東京十社の由緒などが書いてあるので、その神社にそのページが特定されるから、十社巡りにいいと思う。御朱印と言えば、日枝神社の御朱印には、赤い印に加えて、緑色の双葉葵の印もある。赤以外の色が使われるのは珍しいと思う。

ところで、日本論理検定協会の事務所に一番近い神社で、仕事の鎮守の神になった。

さて、日枝神社は東京で有名な神社だ。比叡山に鎮座する滋賀県の日吉大社{ひよしたいしゃ}の分霊だが、徳川将軍が江戸幕府を開いたら、江戸城の鬼門の神社になった。それで将軍家と江戸城の関係は深かったので、明治天皇が江戸に遷都することにしたら、皇室との関係が急にできた。だから、元准勅祭神社になって、東京十社巡りに入った。山王社だから、特徴の山王鳥居があるし、狛犬や随神の代わりにお猿がある。お猿は、御祭神の使いと言われるので、縁がある。日枝神社の御祭神といえば、大山咋神{おおやまくいのかみ}だが、京都周辺の山の神様だ。だからだろうが、日枝神社は丘の上に鎮守する。

それでも、永田町の真ん中に鎮座して、高層ビルに囲まれる。境内から上を見たら、建物が見えない方向は極めて少ない。そして、木々が境内に聳えるものの、コンクリートのエスカレータ付きの階段や鉄筋コンクリートの建物が印象の大半を占める。一方、境内は奇麗だし、植物もわりと元気に見える。神職と巫女は多くて、授与所に近づいたら、誰かがいるに違いない。神職が駐在すると思えるが、それより受付のような人が常時待っている。そして、正式参拝にお参りしたら、結婚式にも使われる施設に入って、心地よく待つこともできる。神社の情報誌が出版されるし、崇敬会には日本の有力層に入る人は多いようだ。(国会議事堂や議員会館の鎮守でもあるようだ。)

去年の正式参拝についての投稿にも書いたが、印象や雰囲気は、繁栄している会社の本社のようだ。東京の日常的な世界を出て、神聖な区域に入った印象はない。

これで日枝神社を批判するつもりはない。何回も言ったが、神社の印象の根拠は不明だから、どうしたらいいか言えない。そして、雰囲気を損なうと思える要素の大半は余儀なくされただろう。周りに聳える高層ビルは、永田町に鎮座することで避けられなかった。そして、社殿などは鉄筋コンクリートで作られたのは、木材の歴史のある社殿は戦災で焼失したからだそうだ。拝殿の天井に絵を描いてもらって、何かの歴史のある建物にしようとするようだし。その上、繁栄することはいいことだ。経済的に苦しむ神社は充分あるが、苦しむことはよくない。だから、「どうやって改善したらいいか」と訊かれたら、答えられない。客観的に見たら、良くしているというしかないが、何か欠けている印象を払拭できない。神社との関係を築いたら、この印象が変わるだろうが、関係を作るのは難しい印象だ。これは問題なのだろうか。

それに、社殿からちょっとだけ離れた稲荷社が鎮座するが、この社殿が唯一江戸時代から残る建物だそうだ。この境内社に繋がる参道には朱塗り鳥居は多いが、ここで神社的な雰囲気を感じる。