ブログの検索

誰かが私のブログをGoogleなどの検索で見つけたら、何の検索で見つけたかが分かる。Googleなどがリンク先に教えるからだ。だから、何を探して人が私のブログを見つけるかが分かる。

検索の表現を見て、「役に立たなかったな」と思う場合もあるが、例を挙げない。なぜなら、ここでそのような表現をブログに載せたら、これからも人の無駄なクリックに繋がるからだ。それは避けたい。ほとんどの場合、役に立つかと思う。例えば、去年の10月ごろ川崎市にある幼稚園に関連する表現は多かったが、それで人が私の幼稚園の印象が分かって、自分の幼稚園選びに参考になっただろう。そして、私の旅行先の名前での検索も、旅の計画に参考になる情報や感想があるので、それもいいと思う。

幼稚園に次いで人気の投稿は、「ホームベーカリーの失敗色々」だ。この投稿で自分の失敗を紹介して、出来上がったパンはどうか書いたので、検索する人には役に立つかと思う。自分の失敗は大したことではないことで安心するか、パンがダメになるのでやり直さなければならないか、少なくともこのような失敗するのは自分だけではないことでちょっと安心するかと思うからだ。

それで、この一週間ちょっと気になった検索表現があった。それは「david chart 北川景子」だ。その後北川さんの様々な作品の名称を付けて検索したこともあるので、私が何を北川さんについて書いたか知りたい人であると思う。実は、ページ右にあるカテゴリーリストの「北川景子」にクリックしたら、その投稿を一覧できるけれども。

なぜ気になるかというと、私の意見をそれほど知りたい理由は想像できないからだ。有名な評論家であるわけはないし。確かに北川さんの大ファンで私のブログを見る人もいるのが分かるが、わざわざすべての投稿を探すなど、不思議にたまらない。もちろんいいことだ。誰かが私の意見にそれほど興味を持つのは嬉しい。「この馬鹿者は何を言っているんだい」になったらちょっとがっかりするが、バカだと思われたらわざわざ探されるはずはない。よね。

ところで、北川さんと無関係だが、右のカテゴリーリストを見たら、ちょうど今「わが子」に付いた番号はキリスト教の神話で悪魔の番号の666になっている。何の子供でも、こういう時期があるよね。

真由喜のお描き

真由喜は依然としてお描きが大好きだ。特に自分の人形のメルが一緒に遊ぶ風景を描くのは大ブームだ。今日、私と一緒にそのような風景を描いたが、私の絵には「間違い」があったら、真由喜に厳しく正された。

ところで、先週急な大きい発展があった。それは、真由喜が胴体を描き始めたことだ。先週まで顔を描いて、顔に直接に腕や足が繋がった。一方、先週胴体を描いて、腕を肩に、足を腰に繋がった。真由喜も、「前に描かなかったでしょう」と言って自慢した。

これはごく普通の発展だし、通常にこの頃に現れる現象だ。ただし、肉眼で見たら、やはり驚いた。世界の見方には革新があったかのようだから、知的な発達の兆だと言わざるを得ない。真由喜のお描きの技は、もう私の技に負けないぐらいだ。これからこの現象にも慣れるしかないよね。

無罪判決

先日、小沢民主党元代表の裁判で、無罪判決が言い渡された。報道された詳細を考えたら、妥当な判決だったと思わざるを得ない。小沢氏と虚偽な報告書の作成を繋がる証拠は結局状況証拠に過ぎなかったし、検察側が挙げた証拠の中に事実と異なる記述があることも分かった。秘書が「小沢氏が報告を受けて、認めた」との供述もあったが、検察の捜査方法に問題があったため、証拠にはならなかったそうだ。この場合、有罪判決を言い渡すための根拠は全くないというしかない。

ちょっと前にニューヨークで逮捕されたストロッス=カーン氏の事件も似ている。その場合、結局証拠の問題で裁判にもならなかったし、証拠にはそれほど問題だあれば裁判になるべきではないと認めざるを得ない。

しかし、今でもストロッス=カーン氏にも小沢氏にも疑いが残っている。刑事裁判で、有罪であることを強く証明できないなら、無罪にするのは原則だから、無罪になったのは当然だが、無罪であることを明らかに証明する証拠もなかった。もちろん、両氏がずっと無罪を強調してきたが、有罪であってもそうする予想だから、傍らから見る人には説得力はない。

それ自体は残念に思うべきだろう。潔白を見せる方法はもう残っていないので、疑惑を払拭する機会はもうないだろう。それに、政治関係の問題も考えなければならない。告発される前に、小沢氏は日本首相の有力候補だったし、ストロッス=カーンはフランス大統領の有力候補だった。ストロッス=カーンの場合、もう大統領にならないのは決まっているし、小沢氏が首相になる可能性も低くなっている。法律上、二人共犯罪を犯していない状態だ。ストロッス=カーンは、政敵によって事件が盛り上がらせられたと言っているそうだが、その可能性はなくはない。小沢氏も同じ訴えを繰り返すが、検察の最近の犯罪を考えたらその可能性も十分ある。しかし、これも決まっていない。両氏は実に有罪である可能性も残っている。

この霧の中の状態で、民主主義の政治過程が損なわれる。黒幕に悪戯の刑事告発によって政敵を落とすことは、民主主義に背く行為だし、犯罪を犯した人が国の最高責任者になることも一切好ましくない。この事件を見たら、不安ばかりだ。

祝・6周年

今日を持ちまして、このブログが6周年を迎えた。

だから、今日恒例の祝賀の投稿をする。やはり、毎日新しいネタを考えるのは難しいし、投稿数が2200を超えたら、何回も書いた内容を発想するのはかなり重い。だからこそ、今日のようにあまり考えなくても内容が見つかる日はありがたい。

今も読んでくださる方、誠にありがとうございます。数少ないと言えるが、それは珍しくて貴重だと同じ意味だ。仕事がより忙しくなったが、穏やかになるまで頑張って、このブログを保ちたい。今後とも、どうぞよろしくお願い致します。