憲法の機能

日本で「憲法改正」が度々に話題に浮上する。現行の日本国憲法はアメリカ人に作成された事実は大きな原因だし、日本国憲法は日本製であるべきだと賛同する。でも、憲法の改正を考えれば、憲法の機能や目的をはっきり把握するべきだとも思う。憲法と他の法律の違いは何だろう。イギリスでは違いはない。憲法はないからだ。何でも普通の法律によって定まる。それでも、憲法があったほうがいいと思う。

憲法の第一の機能は、政権を拘束することだ。現役政権には何でもできるとは言えないが、法律を立法したり廃止したりするのは、国会の仕事だから、普通の法律で国会を拘束することはできない。しかし、国会に安易に変えられるべきではないことがある。その点を、憲法で定めるべきだ。だから、憲法が政権の運営に邪魔にならなければ、憲法の役割を果たしていない。憲法が政治家や政権に問題になるべき存在だ。

このことで、大別したら二つあるだろう。一つは行政、立法、司法の枠だ。選挙はおよそいつに行うか、参政権の持ち主はだれか、任期はどのぐらいか、国会は一院制か二院制か、国の元首はだれか、などなど。ここで、憲法を改正する手続きも定める。ここで細かくてつまらない点もあるが、政権が自分の権力を永遠までにすることを防ぐために重要だ。

もう一つは、国民の自由を保障することだ。政府の野望で侵害してはいけないことがあるが、憲法で定めるべきだ。言論の自由とか職業の自由などはこれだ。

政権を拘束するために、改正手続きは必要不可欠だ。改正手続きはなければ、邪魔に感じる政権が憲法を勝手に廃止する可能性は高い。そうしないと改正できないので、国民を説得できるはずだ。一方、改正手続きがあれば、それにしたがうべきなのは明らかだから、勝手にできるはずはない。しかし、普通の法律の立法より困難にするべきだ。だから、国会で過半数の賛成がなかなか足りない。だから、今の日本国憲法の衆議院と参議院で3分の2以上で、そして国民投票で過半数を占めるような手続きはいいと私が思う。これほど支持を得なければ、憲法を変えるべきではない。

そして、憲法で国民の義務を定めるべきではない。政権の権限の限度を定める法律だから、国民に義務を与えることではない。普通の法律に国民に義務を与えても構わない。例えば、収税義務を法律で定めても問題はない。もちろん、権利だけを見て、義務を見ない社会には問題があるが、憲法で改善すべき問題ではない。憲法で改善できる問題でもない。

一般国民の場合、憲法の拘束力と普通の法律の拘束力は同じだから、一般国民のみを拘束する条項を憲法に盛り込む必要はない。むしろ、より簡単に改善できる普通の法律に盛り込むべきだ。一方、政府などを拘束するために、普通の法律が足りない。だから、政府を拘束する条項こそ、憲法であるべきだ。


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