この本は、神道の入門書だが、内容は英語でも日本語でも表される。タイトルから分かったことだろう。私が神道について本を書いたら、これほど表面的にバレバレなタイトルにしないかもしれない。(出版社が反発するだろうが。)
さて、内容はどうかというと、現代の神社神道の紹介だといえよう。著者の山口智氏は現役神職だし、有数の神社の宮司や神社本庁の職員と相談したそうだから、神社本庁の正統的な紹介だ。例えば、皇室神道についての章があるし、神道の中の天皇の位置をよく強調する。でも、特徴も多い。英語のタイトルを和訳すれば、『国際的な観点からの神道』だ。外国人向けの本だから、日本人向けの本と違う点がある。
一つの珍しい点は、神話の紹介は大変短くて、詳しくないことだ。読者が記紀神話の流れを把握しない。これは、紙幅のことで決まったと思うが、省略が必要になったら、何を省略するか決める。神話を選ぶことは興味深い。神道の歴史を詳しく説明するが、そのところで堂々と「神宮は3世紀から5世紀の間に建立された」とか「本居宣長が神話を盲目的に信じた」などが書いてあるので、推測できる。つまり、著者が神話を信じないので、わざわざ紹介する必要はないと決めただろう。この決断を批判しない。神道を理解する為に、事実の歴史や現代の状況の方が遥かに重要だ。
神道の歴史のところも、基本的に普通の神社本庁の観点からの歴史だが、ちょっと相違点もある。それは、著者が明治維新から終戦までの間の政府が神道を管轄した時代を一概にいいと評価しない点だ。つまり、政治的な目的で神道が使われることは、著者が嫌うようだ。強制的な神社参拝をはっきり批判するところもあるし、神社は国家祭祀の場であった時に神道の神学や倫理を考えたり普及したりする行為は神職に禁じられたことも批判する。だから、そもそも神道が政府の管轄下に置かれてほしくないようだ。この点で、神社本庁の一般的な態度と異なるが、私も同じように思うので、この点をむしろ評価する。
神社の建築を描写する部分もあるし、神職や巫女の役割も説明する。そして、祭りの一般の流れも紹介する。これは、神道の祭祀を一回も体験したことはない外国人には役に立つと思う。それに、付録には代表的な祝詞の英訳が載っている。大祓詞とか例祭の祝詞などが掲載されるが、祝詞の原文は神社本庁の祝詞例文集から引用されたと思う。これも、外国人には貴重な入手し難い情報だから、本の価値が増す。
そして、神道とほかの宗教との比較、国際社会にある神道、そして神道と自然環境の章がある。神道と自然環境の章で、神道が自然を尊敬することを強調するが、鎮守の杜の重要性以外の証拠はあまり挙げられない。実は、これは神道を研究する外国人の批判する点の一つだ。神道がしばしば「自然を敬う」ことを提唱するが、具体的な環境保存の対策はあまりない。鎮守の杜の保護でさえ、神道の説明や活動などであまり重視されていないようだ。確かに神道の基本的な概念を考えたら、自然崇拝は神道の一部であることは否めないので、自然環境の保護に努めたらごく自然であるが、実にそうしている証拠は少ない。
国際社会での神道は、ハワイや南米にある神社を紹介するが、神道が国際社会に広まるかどうかに疑問符を付ける。その理由は、ほかの宗教との比較のところで明記される。
ほかの宗教と比較するところで、主にキリスト教と比較する。もちろん、一神教と多神教の違いは指摘されるし、神道で人間が神になれるということも指摘される。実は、本居宣長の「神」の定義を二回載せるので、人間は人間のままでも神である可能性も神道に認められると示唆する。ここでちょっとおかしいことは、神になる人は偉大な天皇か有徳の人だというが、例として神田明神に祀られる平将門を挙げる。平将門は「有徳」だったとは言えないと思うけれどもね。天皇に謀反して、戦乱を犯した人物だから、もともと怨霊として祀られてきた。ここで、神道の神は必ずしも有徳であるとは限らないことが明記されたら、キリスト教とより対照的になっただろう。ところで、神社と教会を比較するところで、「教会には偶像がある」と言わんばかりだ。この表現をさすがに避けるが、偶像がある仏教の寺院や道教の聖堂と並ぶので、意味は明らかだ。確かにキリストや聖母の像は偶像ではない何物かは極めて不明だが、この言い方にキリスト教徒が反発する。
キリスト教と神道の最後の相違点は、キリスト教は主張的な宗教で、神道は非主張的だと主張する。これは、神道の「言挙げせず」に関連するが、確かに宗教の態度が違う。キリスト教は人類の全てに普及するべきだと言われるが、神道はそうではない。しかし、日本の社会が多様化する中で、神道もちょっと積極的に信者を集めようとしたほうがいいだろう。伊勢の御師が前例となるので、伝統に違反する行為でもない。
最後に、ちょっと英語の質に触れなければならない。分かりやすいが、本に載せる英語のレベルになっていない。もう一度、英語のプロの編集者に治してもらったら良かったと思う。
それでも、この本を日本語ができない外国人に勧める。現代の神社神道の本質を把握するためにピッタリだ。つまり、著者の目標が果たされたので、大きく評価する。