TRPGの基本

TRPGという遊びは、基本的に現実と違う事物と設定を想定して、その想定した環境の中の人物を演じる遊びだ。「人物」と書いたが、演じる存在は人間ではない場合は少なくない。魔法や怪物がある世界が舞台になることは多いし、未来の著しく発展した技術のなかで演じることも多い。普段は、二人から8人ぐらいが集まって、想像力を駆使して、協力しながら架空な世界の中の物語を創る。作る物語には共通点は基本的にない。事実上、戦いの物語は多いけれども、日本製のTRPGにはその傾向は欧米のTRPGほど強くないようだ。なんと言っても、この傾向は偶然な歴史から発生した現象で、TRPGと必然的な関係はない。

五、六人ぐらいで物語を創る為に、想像力以外何も必要ではない。しかし、TRPGの本を出版して、生活費を賄う人もいる。(少ないけれども。私はそうではない。)一体何を出版するのだろう。

想像力のみで物語を創ることは、簡単ではない。だから、出版物でその遊ぶをサポートする内容が入っている。この内容を大別したら、二つの種類がある。

一つはルールだ。ルールというのは、架空の世界の中で演じられる存在が何かの行動を行ったら、その結果が発生するかを決定する方法だ。よくある例として、演じる存在が架空の世界の中のもう一つの存在と戦ったら、どうなるかを決めるルールだ。このようなルールはない既存のTRPGは極めて少ないのだ。しかし、自分を隠そうとすれば、演じられる存在が本当に見えなくなるかとか、相手を納得させようとすればどうなるかなどのルールもある。

ある行動の種類のためにルールがあれば、演じる人がそのような行動を良く選ぶ。そのような行動をとる為にどうすればいいかは明らかだし、結果を決める方法もはっきりされているので、無難な選択肢だ。だから、何についてルールがあるかがゲームの雰囲気を大きく左右する。

それだけではない。ルールの形にも影響力がある。よくある形は演じられる存在を描写する数値を計算して、そしてサイコロの結果とあわせて結果を決めることだ。このようなルールがあれば、どうなるかはいつも不明だ。確率を予想できるが、失敗する可能性は極めて低くても、失敗する場合もある。しかし、これは唯一のルールの形であるわけはない。例えば、カルタを持って、そのカルタの中から一つを選んで結果を決めるルールもある。このようなルールで、成功になるかならないかを決められる場合は多いが、重要なピンチにいいカルタを使うべきなので、戦略を考えることは多い。もう一つの形を紹介する。それは、演じる存在が失敗すれば、その時点の後の行動に有利になるルールの何かを得る形だ。つまり、物語の前半に失敗を重ねたら、後半で逆転できるようになる。

出版物の内容はルールだけではない。架空の世界の描写もある。その世界を描写すれば、やりたい行動がすぐに思い浮かぶ。だから、架空の世界の詳細もゲームの雰囲気を大きく左右する。殆どのTRPGの世界は地獄に近い。なぜなら、地獄のような世界で、何をしたらいい物語ができるかは明らかだからだ。身近な例として、日本が占領軍で支配されたら、自由を取り戻すために戦ったらいいのは、分かりやすい。同じように、日本が残虐な独裁者の下で苦しんだら、独裁者を倒して自由を取り戻したらいい。戦いがTRPGの中心になったら、戦うべき相手を描写することも当然多い。だから、描写された世界を読めば、誤解する虞れがある。ゲームの目的は、演じられる存在がこの暗い状況を克服することだ。出版物には克服する存在はない理由は、ゲームを遊ぶ人がその存在を創造するからだ。

これから、TRPGについての投稿をアップするので、この説明に基づいて私の意見を紹介する。


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