自由と私有財産

私有財産が自由と深く関わるとは思わないだろうが、実は密接な関係だ。

人生の計画を自由に組んで実現するのは私が提唱する基本の自由だ。計画を実現するために、財産はいつも必要だ。持っている財産と計画を照り合わせて、もう少し集める必要があるかどうかも考えられる。しかし、他人が勝手にその財産を使ったり持ち運んだりすることはできれば、計画が何回も白紙に戻されてしまう。多くの計画には、独占できる財産は欠かせない基盤だ。

それに、人生の計画を変えるのは自由だ。後日にまた論じるが、いったん決めたら二度と変更出来ない計画は自由ではない。自由に計画を変更しても良かったら、自由に使える財産はないとだめだ。財産の使い道は制限されたら、計画も制限される。

つまり、他人には使えない、自由に使える財産は自由に必要不可欠だ。これは、私有財産だ。私有財産を認めない社会は、自由を認めない。

一方、社会の財産の配分はこのように決めることはできない。政府でも、勝手に財産を剥奪してはいけない。剥奪したら計画が白紙に戻るからだ。それでも、税金を禁じる原則ではない。税金は前に定まって公表されたら、収入を見込むときに計算出来る。前もって公告すれば、財産の一部を没収することもできるだろうが、割合は少なくないとだめだし、富裕層に限らなければならない措置だ。(財産に余裕があれば、小さな剥奪にあわせられるが、余裕はなかったら微量でも崩すからだ。)

そして、配分を考えたら、一人が財産の大半を独占したら、それが殆どの人の自由を厳しく抑圧するので、その状態を防ぐ措置をとるのは国家の責務だ。

詳細を決めるのは容易ではないと思うが、原則は次の通りだ。まず、私有財産の存在を認めなければならない。そして、私有財産は絶対的な権利ではない。人の自由を保つために配分に関与するのは、行政の役割だ。