2012年を振り返る

2012年には、私は数え年で42歳なった。つまり、厄年だった。一番大きな怖い厄年だった。

現在の一般的な解釈で、厄年で人生が崩れるではなく、大きな分岐点に遇うことだ。重要な一年間で、踏み間違えれば落ちるが、正しくすれば飛躍する時期だそうだ。男性がこの年齢になったら、そのような環境におかれることは多いので、特に驚くべきことではないと言われる。

そう考えたら、見事な厄年だった。

日本論理検定協会に勤め始めたのは、厳密に言えば2011年末だったが、本格的に生活に影響を及ぼしたのは今年だった。生活に大きな変化をもとらしたが、結果がすごくいいか、悪影響か、私の対応によって決められることだった。年末から顧みたら、最悪な結末を避けたのは明らかだが、計画はまだ一年しか経っていないので、最高の結果に咲くかどうかはまだ判断出来ない。しかし、今の状況はいい踏み台になっていると言えよう。この一年間で皆の努力でいい基盤を敷いたし、比喩を変えたら種をよく蒔いたので、来年の芽生えや稔りを待つことはできる。耕作と同様に、努力はまだ必要だし、天災にあったらもうおしまいだが、今年を惜しむ必要はない。

家族のことを考えれば、大きな変化はなかった。真由喜の成長はまだ順調だし。しかし、家族と元気に過ごせた時間は希望より遥かに少なかったので、反省しなければならない。今年、維持出来たと言えようが、推進したかった。例えば、真由喜の英語がちょっと進んだが、私がより積極的に接したら、より進むのではないかと思う。同じように、真由喜の日本舞踊のお稽古が続いてきたが、ゆり子の負担になったので、私が一部を担ったら、より円滑に行くのではないか。夫婦の時間は足りなかっただろうが、幼い子供がいる家庭にはそれはいつも難しい問題なのようだ。だから、今年は特に問題はなかったが、改善したい点は多い。

日本論理検定協会以外の仕事は、ちょっと抑えられた。必要な水準を保持できたが、積極的に進めることはできなかった。11月に新環境の問題を一応解決できたと思うし、それ以来Ars Magicaの編集などがよく進むようになったので、これは来年の問題にならなさそうだ。Ars Magicaの本がほぼ予定通りに出版されたし、評判もよかったので、来年積極的に尽力すればいいと思う。

TRPG以外で、『英語教育』に載せていただいた記事は、初めて日本語で執筆して出版してもらう作品だった。意味のあることだと思いたいが、将来に活かせるかどうかは決め手だろう。

今年の旅行はよかった。一人で復興に微力を添えるために東北に行ってきたが、楽しかった。東北が好きになるだろう。家族でカリフォルニアと長野の旅したが、よかった。カリフォルニアで真由喜が英語を使ったし、また行きたいと言っている。貯めなきゃ。そして、長野で家族で楽しめた。その上、私が真由喜と二人で一泊の旅行も、私と真由喜には楽しかったし、ゆり子にはちょっと休憩を与えたので、来年もやりたいと思う。

厄年だったので、一概に「いい年だった」とは言えない。とはいえ、問題を克服したように感じるので、結果から考えれば、将来のいい土壌になったと思える。この時点で、落ち着いて振り返ることはできる。