真由喜と近所のスーパー

家に近いスーパーがあった。スーパーやまだと呼ばれ、チェーン店ではなく、地元のスーパーだった。ほぼ50年営業したそうだが、先日閉店になった。もちろん、私たちがこの周辺に引っ越してきたころ、もうあったし、真由喜が生まれて以来あった。真由喜と一緒に買い物に行ったことは多い。だから、閉店になると、なんか寂しい。

真由喜も寂しいそうだ。

「スーパーやまだがなくなると嫌だ。沢山買い物したし、沢山踊ったし」(そうだ。スーパーの中の鏡の前で踊ったことは多かった。)「学んだことも沢山あった。なくならないでほしい。」と言った。最近、新しい情報が入って、新しいスーパーが同じ場所で開店するそうだ。ゆり子によると、確実だそうだ。だから、便利なスーパーがまた現れる。ゆり子がそういうことを真由喜に伝えた。

「新しいスーパーができるので、よかったね。」

「私にとっていいじゃない。スーパーやまだじゃないと嫌だ。」と真由喜が半分泣きながら言い出した。忠実な子だね。

私は、寂しいけれども、新しいスーパーを楽しみにする。いいスーパーになったら、真由喜にも変化の結果はいい場合の体験になるので、よくなるように祈ってやまない。


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