道徳教育

『神社新報』で安倍内閣の教育再生についての記事が載ったが、道徳教育に重点を置いた。NHKと観点が異なるよね。道徳教育が導入されるそうだ。これで、私は慎重だ。

まず、歴史を見れば、「道徳」の大義名分で国民を統一する独裁的な政権は少なくないので、この教科について心配するのは当然だ。それに、日本で悪用されたことはあるし、今も生きている人にはその時期は覚えられる。だから、提案の詳細を見極めるべきだと思う。

方針には問題はなくても、まだまだ心配する。なぜなら、道徳は五者択一の試験で測定できることではないからだ。教科書に載せることもできない。情報ではなく、スキルだと思う。世界についての考え方や人との接し方だ。「周りの人に配慮する」とか「思いやり」とか「正直」などの言葉は付けられるが、そのままで道徳の意味を伝えない。本当に理解してもらうために、練習は必要だ。しかし、その練習は授業ではなく、一般生活でするべきだ。

その側面から考えれば、日本の道徳はまだまだいいと思う。東日本大震災の後の秩序は一つの表しだが、日常的にもある。先日ゆり子がPASMOを落としたが、後で拾ってもらった。最近の残酷な犯罪を嘆く声は聞こえるが、昭和初頭や明治時代、江戸時代にはないとは思えない。歴史を勉強したら、あったことに気づくので、最近少なくなったのではないかと思う。

だから、道徳の授業は必要かどうかは疑わしい。必要とすれば、伝記を読ませる方法はいいだろう。優れた人がどうやって生きたかを見たら、自分の生き方について考えるようになる。「優れた人」の定義について意見が分かれると思う。私は、軍人を原則として入れない。戦争をなるべく避けるべきだから、軍人を憧れの的として挙げないほうがいい。必要になれば、別な優秀な人を模範とした人も、適切に対応できる。少なくとも、教育勅語などを読ませるなどは、道徳教育にならないと確信する。

道徳の教育は、検討する方法や批判的な考え方と同じように、教育の一部ではなく、教育全般の基盤だと思う。だから、「道徳教科」を設けるのは、ちょっと的外れだと思わざるを得ない。