「フクシマ」って

今日、イギリスの研究者からのめーるが届いた。報道についての研究で、災害で一般市民がインターネットを通じて現場の情報を伝えることをテーマとしている。私の場合、東日本大震災のとき、イギリスの新聞のホームページに東京の事情を書き込んだことを受け、取材することになったようだ。それで良いと思う。情報伝達の手法が激変しているのは明らかだから、研究者によって検討してもらえれば良い。

ただし、私に届いたメールは、「フクシマの災害」についてと書いてあった。私は、福島の災害について何も書かなかった。私が書いたのは、東京や川崎へ東日本大震災が及ぼした影響だった。書いた時、福島第一原子力発電所と完全に無関係だった。(当日で、事故はまだ広範囲に影響を及ぼしていなかった時点だった。)それでも、「フクシマ」についての研究か。

週末に宮城県に行ってきて、被害は福島県に限られていないことは痛感した。しかし、海外で東日本大震災はもうフクシマ問題になっているようだ。禁止区域や原発の廃炉工事は確かに深刻な問題で、長期に亘った対応を要するが、問題の全てではないし、犠牲者の間半数も占めない。今の時点で、原発の問題の本質は宮城県海岸の問題の本質とほぼ変わらないと言えよう。安全な片付けと復興をどうやって実現するかという問題だ。放射能物質が問題を複雑にするのは否めないが、地形で村落を再現できなさそうな所もあるそうだ。この場合も、永遠に同じ場所に住み着けない。福島に目線を絞れば、問題の実態は把握できないと思う。

といっても、海外のメディアで適切な情報があるはずはない。それこそ、この研究の焦点だろう。報道陣は、市民の情報と絡み合ったら、災害の報道がどう変わってくるかは、重要な課題だと思わざるを得ない。