安全性

5月30日のNatureを今朝読んだら、案外な論文の紹介があった。この論文は、何人の命が原子力発電によって救われたかを計算する。(英語なのだが。)結果は、今まで180万人が救われたことだ。これは主に大気汚染の現象によって救われた人だそうだが、将来に温暖化の緩和も影響を与える。放射線によってのがん患者や事故などで死んだ人の数と比べても、多い。つまり、原子力発電が人間を救ったという結論だ。

このような計算はいつも難しいので、結果を慎重に受け止めるべきだが、基本は妥当だ。二つの手法が存在すれば、安全性が違うことは多い。死者や負傷者は少ない方の方が安全だ。ただし、加害する方法も手法によって異なるはずだ。従って、誰が被害することも異なる。一番いい選択肢を見つけるために、このようなことをきちんと考慮しなければならない。

原子力発電の場合、現在の日本中の原子力発電所の停止は、日本の子供の健康へ悪影響を与えている可能性は高いようだ。火力発電所の再起動やフル回転で、大気汚染が増えているので、その汚染の影響で子供が病気になる。この研究は妥当であれば、放射線で病気になる子供より多い可能性は十分ある。そうであれば、「子供のために脱原発」と訴える人は真摯に運動しているのに、ただ逆効果を招いている。子供のために、なるべく早く原発を再起動するべきかもしれない。

このように直感で測るリスクと本当のリスクが真逆になるケースは実に少なくない。どう対応するべきかは難しい。一方、大勢の人が脱原発を訴えているので、民主主義の国で国民の過半数に耳を傾けるべきだ。他方、子供の将来を守るために脱原発を訴えているので、間違った方針をとるべきではないだろう。この多くの人が証拠を分析して結論したわけではないので、分析の違いではない。大衆は方針を間違えている。(この記事は慎重に受け止めるべきだが、原発は火力発電より安全であることは、事故を含んでもほぼ確実に見せられていることだ。)

普通の極端の例は、親が子供に薬の代わりに毒を飲ませようとしたら、止めるべきであるかどうかと尋ねる。親が「毒ではない、薬だ」と強調したら、どうしたら良いか。もちろん、啓発は良いが、時間がかかるし効果には限度がある。原発のケースに限らないので、本当に重大で難しい問題だと思う。簡単な解決方法はないのはもう明らかだが、何らかの手法で解決できればと思う。さらに考えるべき点だ。


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