昨日、電車の中で神社本庁が発行した小冊子を読んだ。それは『はじめての古事記』という、古事記の神話の一部を紹介する小冊子だ。興味深かった。古事記の神話を18ページの小冊子に納めるために、大幅に省略しなければならないのは当然だが、省略する方法に注視すれば、面白いことが見える。
例えば、天岩屋戸の神話は当然載っている。そして、天宇受売命の踊りで半裸になったことは省略されたのは言うまでもないだろう。しかし、その上手力男命の役割も変更した。古事記で、天照大神が岩屋戸をちょっと開いたら、大神の手を取って、洞窟のなかから引っ張りだす。他方、冊子で岩屋戸の塞いだ石を完全にどかす。つまり、天照大神を無理矢理引っ張り出すイメージは避けたかったようだ。
同じようなことは国譲りのところで見える。古事記によると、天照大神が三つの使者を遣わしたが、一つ目も二つ目も大国主命に納得させられ、葦原の中つ国で残って、国神と結婚したそうだ。しかし、冊子で最後に下った健御雷神の話しか載っていない。その結果、大国主命が即座に天照大神の依頼に応じたかのように見える。
この変更で、天照大神の威厳が強調されるような気がする。そして、天孫降臨の話の後で、天皇の系譜が載っている。神社本庁が皇室の威厳を強調するのはびっくりするほどではないが、神話の話し方で印象がどれほど変わるかはやはり興味深い。ところで、系譜から分かることは、今上天皇のご先祖に当たる歴代天皇は62名に数えることだ。しかし、今上天皇は第125の天皇である。歴代天皇の半数以上は今上天皇のご先祖ではない場合は、本当に一統と言ったら良いのか疑うようになる。