玉若酢命神社

でかい杉の隣に立っている私。背景には門が見える。玉若酢命神社{たまわかすみことじんじゃ}は、隠岐の国の惣社だったそうだ。惣社というのは、国の主要な神様を国府に近い神社に集める施設で、国の神様への参拝を手軽にするための措置だった。神社の境内にある案内板によると、惣社として創建されたそうだが、それは疑わしい。なぜなら、惣社の制度は、平安時代後期の11世紀以降現れた制度だが、この神社の境内には1000年以上の樹齢の杉もあるし、社殿の後ろの丘には古墳もある。この神社は、惣社制度より歴史があるのではないかと思わせる。

杉は特に印象的だった。八百杉という、根の間に大蛇が寝ている伝説もあるし、人魚の肉を食べて八百年生きた八百比丘尼という人物が杉を植えて、「また八百年後」と言った伝説もある。昭和4年から国指定天然記念物になっている。適切な高さの壁があったので、杉の一緒の写真を撮った。

門のなかから撮った写真で、杉も社殿も見える。古墳は、神社の後ろにある山にあるそうだが、撮影の合間に参拝させていただいたので、見に行く余裕はちょっとなかった。

この神社の社家は億岐家だという、国と同じ「おき」の読みで、国造の子孫だそうだ。それは、出雲大社と同じパターンだが、出雲大社のほうにおそらく歴史があるだろう。しかし、駐在する神職はないようだ。証拠は、拝殿の階段にはお札やお守りが置いてあったし、相当する納めを入れる箱もあったので、お札などが欲しかったら、自分で授与するようだった。

社殿は国指定の重要文化財で、かなり大きくて威厳がある。そして、社殿の脇には池があって、アヤメが咲いていたし、カエルが大きな声で鳴った。境内の雰囲気は良かった。

ところで、古墳に近い神社は隠岐島でこの神社だけではない。ちょっと珍しいが、もしかしてこの島の豪族の墓で、祖先神を祀る神社がこの玉若酢命神社になったかもしれない。それとも、国府に近い場所に葬られ、国府が創設してから神社が建立された可能性もある。

アヤメが咲く池の向こうには拝殿と本殿が見える