何何の日本人

川崎市が外国人市民を対象にする調査を実施するかどうかは検討しているが、昨日作業部会が開かれた。見積もりに向けて、作業部会で調査の対象や言語を検討した。言語は問題ではなかったが、対象で言葉の問題があった。

調査の一部ははもちろん川崎市に住んでいる外国籍の人だ。厳密に言えば外国人市民だ。しかし、できればもう少し広い範囲を対象にしたいと思われている。まず、、外国人として生まれ、帰化して日本人になった人も、外国人と似ている経験は多いのではないか。そして、国際結婚で生まれた子供は、日本国籍も持っているので、外国人ではないが、日本語が母国語になっているとは限らないし、差別の対象になる恐れもある。

では、明らかに対象にしない市民は誰?純粋な日本人?そういう言い方なら、ハーフは純粋ではない。泥が入っているかのような印象だから、この言い方を避けた方がよい。同じように、「本当の日本人」の言い方もダメだ。「標準の日本人」の言い方なら、帰化した人などは基準を満たないような印象になりがちだから、これもダメだ。ハーフを「外国とつながりのある子供」と市行政で呼ばれるが、その反対にすれば「外国とつながりはない日本人」にしたら、そうではない。外国人の配偶者は対象にしないし、帰国子女も対象にしないからだ。人種的に日本人でもない。日系ブラジル人は調査の重要な対象の一つだからだ。

ご先祖様も日本人である日本人だとすれば、家系がアイデンティティに重要である印象になる。その場合も確かにあるが、この場合そういうことを示唆するつもりはない。

長く書けば、外見は典型的な日本人であって、日本の文化圏で育ってきた日本国籍を持っている日本語は流暢な人を指したいが、それを短くいうのはやはり難しい。人が思わず「我々日本人」と言う場合指す人だが、定義として何がよいか分からない。

結局、会議で言い方は難しいが、意味が分かるので次のことに移ることにした。このように「普通の」日本人を定義するのはこれほど難しかったら、事実も思われるよりややこしいのではないかと思わざるを得ないね。