水泳の観念

今朝のテレビで服装で泳ぐ訓練についての紹介があった。それを紹介する女性は、イギリスで小中学校の時代を過ごして、イギリスでそのような技の資格と取ったといい、メダルを見せた。ゆり子に「本当にあるの?」と聞かれたら、「うん、取得したよ。銅と銀はね。」ゆり子が不思議に思ったのは、なぜ日本でそのような発想はないのか、ということだった。

この技で、服を着たまま温水プールに飛び込み、水の中で服を脱いで、1000メートル以上泳ぐ。(確か、銀は1000メートルで、金は1500メートル。)もちろん、洋服の下に水着を着用する。それに加えて、ズボンから浮き輪の機能を持つ物を作ったり、長い間水の中で浮かんだりする練習もする。なぜ日本にないのかというと、仮説ある。

イギリスでは、わざと川に入って水遊びすることは少ない。寒いからだ。記録的な猛暑日は28度だし。だから、溺れる原因は、うっかり見ずに落ちることは殆どだ。水辺で遊ぶことはあるし、川沿いで走ることもある。つまり、急に服を着たままで水の中に入ることは珍しくないし、一番危ない状態と思われている。服がすぐに水を吸収して、重くなって、動きを大きく妨げるからだ。それに、イギリスの川などは、水流は激しくない場合は多いし、泳げれば自力で救命できると思える。

他方、日本の環境は違う。夏は暑いので、わざと水に入って遊ぶことは多い。だから、問題が起こる前に服を脱ぐ。そして、服を着たままで川などに落ちる場合は、急な増水が原因になった場合は多いだろう。それほどの水流で、水泳選手でも自力で救命できるかどうかは不明だ。つまり、環境の違いで、水泳は救命施策にならないと思われるだろう。

それでも、このような訓練が日本で普及するとよい。実は楽しいし、水に落ちたらパニックしないようにさせるし、水は怖くないことになる。違いの重要な原因の一つは、ただ日本でこのような発想を普及しようとする人はいなかったことだろう。近所に教室が開けば、真由喜を通わせたいと思う。


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