法律の有効期限

先ほど、最高裁判所が民法の婚外子の相続の規則を憲法違反と言い渡した。現代の社会で婚外子を嫡子より軽蔑するわけにはいかないようだ。(私は、この判決に賛成する。)民法にはこのような問題があるのは、これは初めてではない。離婚の数百日以内生まれた子は元夫の子として見なされることも問題として取り上げられた。このような問題の続発は驚くほどではない。だった、民法は明治時代に定められた。それから百年が経って、社会が根本的に変わった。明治時代に制定された法律が今も適するはずはない。

しかし、法律を変える必要はない限り、他の件の優先順位がより高く見える。だから、法律の改正が行われない。

ここで、法律の有効期限を設けたらどうかと思った。数十年は適切な機関だろう。神宮と同じく20年か、一世代の30年か。この機関が過ぎると、法律が無効になる。

国会でただ前のままで再可決することは多いだろうが、少なくとも国会議員が法律をまた考えて、まだ適切であるかどうかを判断することになる。問題点のある法律を積極的に立法させるのは、問題を見逃してそのままにすることより難しいので、問題が論じられるはずだ。

ただし、アメリカの国会の予算問題や日本の国会の選挙区問題を見れば分かるが、決めるべきであるからといって、国会が決めるとは限らない。だから、法律が無効になる場合に備えた措置は必要である。それで、憲法になると思う。憲法には有効期限を設けない方が良い。なぜなら、憲法は改定しにくい行政を縛る法律であるからだ。有効期限があれば、行政がただ待って、解放になる。だから、法律が無効になれば、憲法の定めによる判断する。憲法で、住民の平等や自由を保障するべきだから、最低限の秩序は守れる。殺人は、被害者の自由を大きく損なうので、憲法違反にもなると見なせる。

実は、このままで法律はできないと私も思う。必要な法律がうっかり無効になって、国が大変な状態に陥る恐れがある。アメリカでこの問題も見える。国の債務には制限があるが、その制限を改善しなければ債務不履行に陥る。契約法が一時的に無効になったら、その時期の間に必要となる保険金が払われないだろう。国際的な義務にさえ国が怠るだろう。だから、有効期限で問題を解決するのは無理だ。

それでも、問題はまだ問題だ。定期的に法律を検討して、現代の社会に適切であるかどうかを判断するべきであることには変わりはない。行政の機関を設けて、定期的に法律の評価を公表する義務を付けたらどうか。公表すれば、法律に問題が発見されれば、マスコミで騒がれるだろう。

この問題と取組むために何かが必要になるが、簡単な問題ではない。

風邪

ちょっと風邪をひいてしまった。大したことではないが、頭が回転できなくなったし体もだるい。だから、仕事がちょっとペースダウンした。仕事がゆっくりになった。必要な分はできているが、無理しない方が良い。二日間や三日間の病気に対応できるが、長引くと大変なことになりかねない。だから、一昨日からゆっくりして、今日で回復するように祈る。

言い訳が長くなったが、今日の投稿は短い。

英語教室のイベント

真由喜がチョコレートを食べているが、顔がチョコまみれになっている。日曜日に真由喜の英語教室のイベントに行ってきた。真由喜が通う教室は、MLSの教室の一つだが、日曜日のイベントに全ての教室からの子供が集まった。

イベントのテーマはハロウィーンだった。だから、子供達が仮装をまとったし、先生たちもそうだった。コンテストもあったが、バナナの衣装をまとった先生が優勝した。簡単な仮装だったが、印象的だったので参加者の投票で人気を集めたようだ。真由喜が「Fairy Witch」の衣装にした。ハロウィーンはやはり魔女だし、真由喜は妖精ブームの最中だ。

イベントで沢山のアクティビティがあった。真由喜がすぐに参加したのはチョコレートの滝だった。特別道具でチョコレートが溶かれ、上から流された。その流れからマーシュマローでチョコレートをとって食べることだった。写真で見えるように、真由喜が楽しそうに食べていた。

真由喜が自分の絵の前で怖い顔をするしかし、イベントの中心は英語を使うアクティビティだった。英語教室のイベントで当然だろうが、12のアクティビティがあって、スタンプラリーもあった。各アクティビティで、子供たちが英語を使いながらボールやリングを投げたり、小さなレースをしたりしたので、楽しそうだった。スタンプラリーを完成できたら、景品をもらえたそうだから、全てと挑戦する動機もあった。真由喜が大変と挑戦したが、景品にはそれほど興味はなかったようだ。

そして、「Creativity Contest」もあった。これは、お絵描きと工作でハロウィーンのテーマの何でもを作って、英語の説明を添うことだった。真由喜が楽しくしたし、応募締め切りにギリギリ間に合ったが、真由喜が受賞できなかった。それでも落ち込まなかったので、それは良いことだった。

日本橋まで行ったが、楽しいイベントだったので、来年も同じようなイベントがあれば、また参加したいと思う。来年、真由喜はもう少し成長して、全てのアクティビティを完成するだろう。

難民

難民は受け入れるべきだ。それは、私の意見だけではなく、国連の原則で、日本国も認めた立場だ。ただし、簡単な問題ではない。「難民を受け入れる」とは、ただの許可でとどまると更なる問題になるからだ。

難民は、自国で危機に会って余儀なく出国された人たちだ。財産をそもそも持たない場合は少ない。なぜなら、財産を持てば、危機を乗り越える力が増すので難民になる可能性が低くなるからだ。財産を持っていたとしても、災害や戦争で失った可能性は高い。出国を強いる危機は、財産を残すわけはないだろう。そして、急遽に国を逃げることは多いので、持った財産が危機を通り抜けたとしても、出国のときに持てないことは多い。というわけで、難民にはお金などはあまりないことは多い。

それだけではない。難民は、計画的に国を出るわけでもない。つまり、外国に住む知識などはあるとは言えない場合は少なくない。外国語はできないかもしれないし、外国の文化の理解は乏しくて、馴染まない食生活に強い抵抗感を持つだろう。

つまり、国に入らせてから放置すれば、難民はまだ窮地に置かれる。救済は目標であれば、より充実した方針は必要だ。

入国してからしばらくの間、衣食住を提供しなければならない。財産もない、コネはない、日本で働く能力もない。だから、無償で提供するしかない。しかし、これは長く続いては行けない。日本人の納税者の負担はもちろんあるが、難民の精神的な負担も重い。だから、なるべく早く働けるようにするべきだ。そのために、労働許可は必要だが、斡旋も、日本語教育も、日本の習慣の教育も必要だ。難民の子供の教育の怠ってはいけないので、それも提供するべきだ。母語の教育も必要だから、教師の資格を持つ難民を起用すれば良いだろう。そして、難民が働き始めて、税金を納める。

難民の大半は、日本での永住を目指さないだろう。強制的に出国されたので、母国を離れたいわけはない。だから、帰国を可能にするのも受け入れることの一部だ。日本から出すわけにはいけないが、帰国援助を提供するのは適切だろう。もちろん、日本で住み着きたくなる難民もいるだろうが、いつもの永住権の条件を満たせば許しても良いのではないか。

つまり、難民を受け入れるために充実した制度は必要だ。この制度は積極的で、難民がなるべく早く働けるように努める。これは、純労働だけではない、専門知識を持つ人がそれを活かせるような環境も重要だ。そうすれば、難民が結局日本の経済と文化に貢献して、負担にはならない。人道的な動機は重要だが、救う人のためにするべきことは、受け入れる国の利益ともつながる。