遊動生活:学校教育

遊動生活で大きな問題になるのは、学校教育だ。二つの鉄則が矛盾するからだ。一つは、人には家族を作る権利と自由があることだ。生活の選択のために家族を構える権利を侵すわけにはいかない。もう一つは、子供には親の意向にも関わらず、現在社会で生きるための教育を与えることだ。だから、遊動生活する親には子供を産む権利があるが、その子供を教育する必要もある。その上、子供の教育のために遊動生活を中止させるべきではない。それも自由を縛ることだ。

それでも、学校で養育を受けるのも重要だ。他の子供、そして異なる家族環境や背景を持つ子供と一緒に学ぶのは教育の重要な一部だ。その上、続々転校することは、子供の成長には良くないそうだ。簡単に納得できる。常に新しい環境に慣れようとする子供は、教育を吸収することはできないだろう。

解決し易い場合もある。それは、団体的に遊動生活を行う場合だ。そうであれば、子供は複数あるので、山村のような学校政策はとれる。教員も遊動生活をして、子供と一緒に動く。そして、子供の同級生などが必要以上変わらない。教員はもちろん公務員で、教材も提供される。効率の遊動学校になる。実現するために複数の問題が発生すると思えるが、無理ではない。管轄する教育委員会などの制度的な問題もあるし、グラウンドの提供などの物理的な問題もある。教材の運び方も問題になるが、大きなトラックを学校とすることもあり。このような問題は、真剣に取組めば解決できる。

より根本的な問題は最低人数だ。子供一人に教員を添えるのは予算的に無理だし、他の子供との接触もないので教育として良くない。子供が10人程度になったら、遊動学校を開くことは可能だろうが、10人未満の場合は難しい。特に、ある核家族がその家族だけで独立して遊動する場合は難しい。子供は一人か二人であることは多いので、教員を添えられない。それでも出来るだけこの生活を可能にするべきである。

幸い、現在の通信技術が役立つ。ビデオチャットで授業に参加したり、教員と他の生徒・児童と話したりすることはもう出来る。しかし、本当に会って対面することと違う。だから、年に数回子供が特定した場所に集まって、教室で授業を受ける義務を課しても良いだろう。この義務は、遊動生活にちょっと制限を置くが、子供がいれば親は完全に自由に動けなくなる。そして、同じ場所に何回も戻ることはいやであれば、団体を組んで、遊動学校を開いても良い。

このような制度が実施されたら、予想していない問題も解決策も現れると思う。ただ、重要なのは行政の干与だ。義務教育は、国家が提供しなければならない。私立学校を開くことも自由だが、そうするための経済力はない遊動生活を営む家族にも子供の教育を保障しなければならない。この制度が義務教育を超えて、高校にも及ぶかどうかは、政府の判断に委ねられる。義務教育ではないので、なくても良い。そして、高校生になった子供は、親と別居して高校に通うことはできる。離島の場合はそうだと思う。ただし、義務教育の間、国家が遊動する生徒・児童に公立学校を提供するべきだ。