和食の食文化を無形世界遺産へ

先日のニュースによると、ユネスコが和食の食文化を無形世界遺産に登録することになったそうだ。日本の食文化が客観的に認められたこととして、祝うべきだと思う。和食の食文化は美味しいだけではなく、日本の文化の様々な側面とも関わる。私が一番よく知っているのは神道の祭りの神饌での登場だが、茶道にも和食は必要不可欠だし、懐石料理は和食そのものだ。一方、寿司屋さんは日常的な例だ。だから、この登録を歓迎して、違和感は全くない。

世界遺産が国に存在すれば、保持する義務がある。その義務を果たさない国もあるが、日本は慎重に考えて保存に努める方であるように見える。熊野古道や屋久島の世界遺産の保護は、概念として難しくない。伝統的な風景を保護して、環境への汚染や破損を防ぐことだ。詳細には微妙も問題もあると思えるが、やるべきことは明らかである問題の方が多いだろう。しかし、無形世界遺産は違う。和食で、この問題が顕著になる。

和食は、特定できるところに限らない。街角の寿司屋さんも和食屋だし、家庭料理の中にも和食がある。だから、法律で「本物の和食」を保護するのは難しい。ある家庭で伝統と異なるお寿司を食卓に載せることを違法とするのは明らかに適切ではない。同じように、街角の寿司屋さんで「創作寿司」を禁じることも適切ではない。そもそも、行動を禁じる法律で無形世界遺産を保護することはできない。なぜなら、無形世界遺産は行動であるからだ。和食を保護するために、和食を作ったり食べたりする人の活動を推進したり応援したりしなければならない。伝統と違う活動を禁止することは、伝統の活動の保存に貢献しない。むしろ、その分野から人の興味を流すことで、保存を更に難しくする可能性さえあると思える。

しかし、和食を保存するために何かの活動は良いのではないか。(大きな冷蔵庫は食文化の問題を解決しないし。)一つの可能性は下記の通りだろう。

まず、和食の資格を設定する。これは国家試験にすれば良いが、和食を提供するために条件資格にすべきではない。この資格を持たなくても、和食を作らせるべきだ。しかし、この資格を持つ人は、和食の伝統を受け継いでいることが証明できる。それだけで、効果があると思える。きちんとした資格があれば、その資格を取ろうとする人は発生するからだ。しかし、それだけで不十分だろう。

だから、加えて、資格を持っている人に、和食文化を継承する活動の援助金を提供すればいかがだろうか。この援助金は、伝統のある老舗の料亭が経営難に陥る場合無償の資金提供になるとか、新しい料亭を立ち上げようとする職人への資金の提供とか、和食の祭りなどを発足する委員会への助成金などの形は良いだろう。永遠に援助金はないと生き続けない行動はだめだが、難しい時期を乗り越えさせる助成金や資金繰りを提供すれば、和食の継承がより確実になるのではないか。


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